超年下男子に恋をする㉝(崩れて固まるソフトクリームは年上女の恋のよう)
付き合ってもいないのに長年付き合っているかのような私たちの関係は、長い同棲を惰性で続けて結婚する気もないカップルと少し似ている。いるのが当たり前、関係も進展しない。
彼はデザートのソフトクリームを巻くのが下手で、右回りなら右回りで最後までやればいいのに、なぜか途中から左回りにしたりするので、それはもう芸術的なセンスのソフトクリームができる。
失敗すると従業員の買い取りになる。下手ならその分練習しなければならない。それでも上手くならず失敗し続ける彼の自腹は相当なもの。だからよく私も買い取って一緒に食べてあげた。
そういえば彼は新人の頃、ソフトクリームの練習をさせてあげるというパートの松原さんにバニラを巻いてきてと言われて、抹茶を巻いてきたことがある。
「え、なんで抹茶?」
と休憩室に居合わせた私が聞くと
「え、僕が好きだからです」
と彼はけろっとした顔で言った。
「ちょっと! 松原さんは自腹で君にアイス巻かせてやってるんだよ! バニラ買い取ってくれたの! なんで抹茶? しかも自分が食べる気?」
私が注意すると、「しまった!」とその時初めて気づいた様子。
本当にこの子大丈夫だろうかと世話するようになったんだった。
そして彼はもう新人でもないけれど、ソフトクリームは相変わらずできない。
その失敗ソフトをラスト後二人で一緒に食べる。
もはやそれが当然のようになってしまい、
「はい、こっちの方が好きでしょ?」
と形の崩れたソフトクリームにスプーンをつけて、彼は笑顔で私に渡す。
私が買い取ることにも慣れていた。
『醤油を取ってあげるのが当たり前になったところから関係性が決まる』といった叶恭子様の至言があるが、本当にその通りだと思う。
手料理の差し入れにもダメ出し。
いつもお母さんと比べ、「お母さんの料理が一番」と平然と言う。
でも一番の問題は、私がそれに対して不満を抱くようになってきたこと。
もう彼が存在してくれるだけでいいと思えた頃の幸せは徐々に薄れてきた。
推し道を踏み外し、恋に堕ちた私は、相手への期待と要求で苦しむようになっていった。
一緒にいて居心地のいい相手って何なんだろう。
確かに私は彼といると嬉しいし、居心地がいい。でもそれは私が彼のことが好きだから。
彼も私といると楽だという。だけどきっと彼は好きな女の子といる時は、きっと私といるようにリラックスなんてしないだろう。
それが証拠に、ある時、休憩から戻ると、彼があわてた様子で私のそばに来た。
「びびったー!!! 聞いてくださいよー」
この「聞いてくださいよー」は彼の口癖。
「どうでもいい話していいですかー?」は無意識でうつってる私の言い方。ただ私と話したいときの癖。でもこの時は本当に何かあったようだった。
彼は動揺していて、最初は何を言いたいのかもさっぱりわからなかった。
「何? どした?」
「今、絶対そうだったんですよ」
「何が?」
「前、言ったじゃないですか、僕、デートしてLINEブロックされたって話。あの子が今来てたんですよ!」
彼は好きだった子が突然現れた興奮で、私の反応などまるで気にせずまくしたてる。
「僕、席の案内で、気づかれるんじゃないかなってずっとびくびくしてて、でも気づいてない感じで、いやぁ、ほんとこんなことってあるんだなぁ」
「……すごいね」
「彼女、彼氏ときてたけど、や、もうほんと気づかれなくてよかったぁ!」
彼女に彼氏がいることよりも、彼女が偶然現れたことに舞い上がってるようだった。
「いやぁ、それにしても相変わらずべっぴんさんだったなぁ」
「べっぴんさんって……(古っ)」
彼はずっとニヤニヤして、偶然に興奮して、バレなかったことにホッとして、本当に自分のことばかり。
私は一体何を聞かされているのか。私は彼にとってほんと何? 誰にでも言えるわけじゃなく、私にわざわざ言いに来たのは何なの。
「山田さんなら何でも受け入れてくれる」
の一言に尽きるんだろうな。
それってなめられているってことなんだろうか。
安心できて、信頼できて、なんでも許して受け入れてくれる人。
それが彼にとっての私。
でもそれは恋じゃない。愛でもない。ただの都合のいいだけの人。
そう思うと本当に悲しくなる。
彼がもっと大人だったら、私の強がりもわかったんだろうか。
「愛されなくても平気。私が私を愛すから。私の価値がなくなるわけじゃない。私は大丈夫」
いつかこう言った私に
「強いですね」
と感心したように彼が言ったことがある。
本当に何もわかっちゃいない。
誰かに愛されたいんじゃない。彼に愛されないのがつらい。
だから自分にそう言い聞かせて、強くあろうとしただけだ。
強い人ならただ黙ってじっと耐えるか、気にも留めずにいられるはず。
彼はいつまでたってもソフトクリームを巻くことができない。
私はいつも彼の失敗したソフトクリームを食べ続ける。
それが私たちの関係。
彼は変わらない。私も変われない。
私はどんなに傷ついても、彼の隣でソフトクリームを食べる。
形が崩れたまま、冷凍庫で冷え固まったソフトクリームに彼が「おいしくないですね」と言う。
最初に私がソフトクリームを買い取った時は「あざーす!」 なんて言ってたけれど、もはやお礼もなく、食べ終わった皿をどっちが洗うかじゃんけんする。
仲の良さを両想いと錯覚し、馴れ合いと気安さで付き合っているような感覚に陥る。そうやって傷つく心をごまかしながら、彼の隣にいたがった。
失敗したソフトクリームみたいだ。
私の恋も、崩れて歪んだ形のまま、冷凍庫で凍結している。
「まだ食べれるよ」
「おいしいよ」
「私は平気」とうそをつく。