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彩色調査あれこれ 勝手に見取図 第2弾
以前にあげました、画像から彩色調査を行う試みの第2弾です。
安定して低い需要の記事の中、前回の彩色調査はかなりご好評頂きました。
楽しく読んでくださった方、惜しげもなくスキをくださった方、あらためて御礼申し上げます。
さて、noteに登録していなくても、記事が読めたりスキが押せたりするのねということを改めて知りまして、ややプレッシャーを感じております。
(「彩色調査」って画像検索したら前回の記事がでてきたから)
以前の会社の方、はたまたその業界の方、私にピンときてもどうぞ、どうぞ生温かい目でご容赦ください。
さて、でも彩色調査は楽しいのでね、
あんまり萎縮せずに真摯に励もうかと思いましての第2弾。
前回は彩色調査の流れを追いながらやってみましたので
今回はもう少し違う調査資料などご紹介しながらやってみようと思います。
それでは早速。
1.調査対象
今回の調査対象に抜擢しましたのは、
栃木県は日光東照宮、五重塔外部蟇股のウマさんです。
言わずと知れた徳川幕府の祖、徳川家康を神格化した神社でございます。
前回の「日吉東照宮」など各地にあります東照宮の総本山が、この日光東照宮(本来は日光をつけない)です。
まぁすごいところですよ。
一言でいうなら「おなかいっぱい」です。
社寺修復の仕事に携わってた頃、研修で何度か日光に行かせてもらっていまして、研修中も見学できたり研修合間の休みに一人でぶらぶらしたりしていたんですが、もう彩色彫刻だらけでちょっと食傷気味…
たぶん私すごく彩色彫刻好きなタチだと思うんですけどね、
それでもおなかいっぱいになってしまうぐらい溢れています。
本気で1社ずつ見ていったら1か月はほしいところですね。
今ならあの頃より楽しく見られそうな気もします。
そんな数年前に撮影しました画像がこちら。
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こちらに胸をお借りしまして、勝手に彩色調査を行いたいと思います。
今回もゆるーく復旧スタンスで参りましょう。
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2.彩色調査
前回に流れをざっくりお話ししているので、説明は重ねずさくさくと。
①画像の加工(ゆがみ直し)

正対風に直すとともに、ちょっと明るくしておきます。
ちなみに現場調査で撮影をする時は、極力フラッシュをたかずがベスト。
フラッシュはどうしても塗膜の色がとんだり、彫刻どうしが影を作ってしまったりするので、ライトをふんだんに用意して撮るのが望ましいのです。
あとは彫刻の現状を撮ったら埃払いをします。
塗膜や彫刻上に埃が乗ってグレーになっているのがわかりますでしょうか。
今回の画像だと、ウマの背中あたりのグレーは埃です。
この埃払いは調査に付きもので、またそれだけでとりあげたい工程。
(私は埃払い大好きです)
②白描おこし
輪郭線ですね。
こちらをペンタブさんでおこしていきます。
調査するとなったら早い段階で白描があると便利。
①現場入り
②現状写真撮影
③設営と養生
④埃払い
⑤埃払い後の撮影
⑥⑤をもとに白描おこし(調査用白描)
完全に私好みの進め方ですが、このぐらいの段階で白描がほしいです。
でも完璧な白描は、調査が進まないと意外と作れないので
多少違っていてもOKな気持ちの初版をささっと作ってしまいます。
(私は白描おこし大好きです)
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彫刻のとりつきなど、意外とじっくりモノを見ないとわからない
③調査図の作成
さて、ここまでは前回と同じ進め方できました。
今回はここに調査図も作ってみましたですよ。
まず「調査図」とは何ぞやというところですが
読んで字のごとく調査記録の図です。
前回もちらりと触れています「痕跡図」や「野帳」といわれるものです。
前回は「まぁ画像からしか調査できないのだから作ることもあるまい」と作らなかったんですね。
画像をトリミングして矢印つけて根拠説明の資料にすればいらんだろうと。
いや、これ作ったほうがペンタブ的には良かったです。
(おいおいその理由も出てきます)
さて、そんな調査図ですが先ほどの白描にせっせこ痕跡を記録していきます。
画像とペンタブでの調査なので、ごくごく普通にレイヤーを重ねて塗膜や痕跡をひろっていきます。
現場ではどうするか?
ごくごく普通に目視で描き写していきます。
さすがに塗膜の大きさや形が完璧にはとれませんけれど
そういうのは画像で補うことが出来るのでそんなに気にしない。
大切なのは眼で見たものを絶妙に誇張・目立つように記録できることで、
ここにアナログと肉体の美点が冴えわたります。
今回はしていませんが、重要な塗膜を余白部分に大きく描き写して
その塗膜の微妙な色合いやぼかしの痕跡とかも描けちゃうわけです。

青字で細かく調査図の記録方法を説明しています。
どこにどんな塗膜があるか、それがどんな風に推測できるかを記録します。
正対の図では記録できない部分の痕跡は
余白にその部分をラフに描いて、別角度からの記録も残しておきます。
イイ塗膜はだいたい背面や彫りの谷間に残っているので
そういう時は各々のデッサン力が必要だったりします。
意外と監督さんや施主の方が調査図を後から欲しがることがあります。
ここは大事なビジネスポイント、調査図が上手な人は重宝がられます。
(私は調査図作成が大好きです)
ちなみに余談ではありますが、
提出物や成果物に調査図を入れるのか入れないのかは
現場に入る段階で極力つめておくが吉です。
お値段以上ニ〇リも良いですが、仕事ですからね。
ちゃんと成果物として調査図が入ったら(お金が出るのなら)
これでもかと映える調査図を作成するのみです。
今回の調査図は痕跡のアタリや文字をさらっと記録したものなので、調査図としては「ふつう」のレベルです。
④考察スケッチの作成
痕跡が拾えましたらば、あとはどんな色なのか・どんな彩色なのかを考えていきます。
今回はひと手間かけまして、実際の仕事風に考察してみました。
それがこちらの「考察スケッチ」。
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表葉と裏葉、金のバランスなど見えてくる
この名称は全く一般的ではないのでしょうが、要はたたき台ですね。
彩色調査をする場合、一人で進めるわけではないので工程ごとにすりあわせが必要です。
また今のご時世、監督さんや施主さんとも共有が大切。
そうした面をカバーする力も兼ねたアイテムだと思っています。
特に内部でのすりあわせですね。
例えば今回の五重塔でいきますと、蟇股だけで12体あります。
まわりの彩色も調査するとなると1人でできるボリュームではないので
手分けすることになります。
やりやすいのは3~4人。
五重塔は4面あるので、4人なら1人1面担当してちょうど良い感じです。
ただ彩色調査できる人に限りがあるので、3人が現実的なとこです。
複数名でやると痕跡の受け取り方・読み方が異なることもありますので、いったん「こんな風に思っている」というイメージを出してもらいます。
現場で記録した調査図と画像をみながら、工房か現場事務所でじっくり。
その時に「何が根拠になるのか」「類例はどんなものがあるのか」も書き出します。
その中で「こういう彩色だと思うけれど根拠がない」とか、「これは他の彫刻に比べて脚色しすぎでしょう」とか見えてきます。
考察スケッチは色鉛筆をよく使います。
色幅作りやすいのと、水がなくても着彩できて楽なのです。
ややこしい痕跡で何パターンも考えないといけない時などは
白描をA3用紙に4アップして印刷、4パターン描いてみたりします。
(私は考察スケッチも大好きです)
⑤調査詳細
さて、もう考察スケッチであらかたの方向性が見えてしまいましたが、
1つずつ詳細につめて参りましょう。
前回にあげました彩色調査のポイント4つがこちら。
・画題を特定する
・モチーフごとにメインの色をさがす
・モチーフごとに細かな描き込みをさがす
・全体のバランスをみる
画題の特定
まずは画題の特定ですが、見ての通りにメインはウマですね。
そして赤い花が周りを囲み、右下に小さな土坡が見えます。
①ウマ ②赤い花 ③土坡
今回はこの3つがモチーフです。
五重塔の場合、十二支が配置されることが多く、いわばその王道的な画題設定です。
十二支は陰陽五行思想の具現化でもありますし、庶民にも親しまれていることから外部彫刻にはよく登場しています。
大きな建物の外部だと、12体だけでは間に合わないので十二支×雌雄で24体にしたり、そこに霊獣を足したりもします。
ちなみに絶賛工事中の比叡山延暦寺根本中堂の外部蟇股は、
十二支の雌雄(どちらかは子供つき)と霊獣で構成されていますが、雌雄の口が阿吽になっていまして。
十二支でぐるり一つの環にするだけでなく、阿吽という「はじめと終わり」の呼吸まで取り入れている構成になっています。
これに気が付いたとき私は調査やっていて良かったと一人うち震えました。
さて、ここで画題の特定が難しいのが「赤い花」です。
植物を特定するにあたって見るべきポイントは
①花の形 : 合弁花かどうか。何枚でどんな形の花弁か。
②つぼみの形 : どんな形か。何個どんな風についているか。
③葉の形 : どんな形か。鋸歯(ギザギザ)あるか。
④幹か茎か : 花木か草花か。
「あれ、色は?」と思うかもしれませんが、色は信じると怖いことがあるので最後に参考にする感じで良いです。
人間がね、塗っているのでね。
オリジナルでなく塗り重ねや補修があった場合、間違わないとは限らんのですよ(あとその時代の好みで色が決まることもあるので)
今回の花は以下の通りです。
・5裂の合弁花でロウト形
・つぼみは長楕円、ロケット形で枝先に2~3個つく
・葉は長楕円形、鋸歯なし、枝先につく
・幹あり、花木
このあたりは写真から読み取れるところなので、現場で無理に考察しなくてOKです。
今は便利なネットがあるので、工房で落ち着いて調べます。
さて、とはいえだいたい何だかわかっていると話が早い。
特徴からしておそらくツツジだろうとあたりをつけましたので
早速資料にあたります。
じゃじゃん。
たぶんこちらでしょう。ヤマツツジさんです。(左上の真っ赤な花)
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Webの国立国会図書館でみられます
良い類例がなくて彫刻でコレというのは出せませんが、
絵画資料ではちらちら見つかるツツジです。
社寺彫刻というより、内陣の天井画、四季草花図によくあったりする印象。
ツツジの斑点(ガイドマーク)が彩色痕跡で残っていれば確定しますが
残念ながら今回は見つけられませんでした。
モチーフごとにメインの色をさがす
今回も塗膜が多く残っていますので、そんなに難しくありません。
「ウマ=白」「花=赤」「ガク=白緑」「幹=灰色」「土坡=緑」が見て取れます。
幹の灰色は「樹具」という色で、墨と白緑を混ぜて作る混色です。
幹はおおむね松のような赤茶色か、この樹具に分かれます。
悩ましいのは表葉と裏葉の見極めで、塗膜が残っているところは良いのですが、画像からの調査なので形(とりつき方)で考えるしかありませんね。
若干、表と裏があっているか怪しいです。
葉先の金に関しても、ちょっと自信薄いところがあります。
続いて各モチーフの細部にも目をやりまして、
「ウマの口・鼻孔、眼のフチは赤」「たてがみと尾は灰色」が見た感じでわかるところです。
斗の繧繝・連珠(真ん中の3つポチ)は、おなじ五重塔のウサギ彫刻を根拠にしました。

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同じ建物の彩色痕跡は貴重な根拠にできることがあります
モチーフごとに細かな描き込みをさがす
さて、更に細かく見ていきます。
【土坡】
今回の土坡は小さいですね。ただそれでも土坡を入れるというお約束。
よく残っているので、緑青に群青のぼかしがあるのが見て取れます。
苔、墨線はさすがになさそうです。
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【ツツジ】
まず花ですが、痕跡全く拾えずです。
花弁先に違う色でボカシがあったり、花の中心(におい)に何か描き込みがあっても良いものですが、残念です。
ここは無理に追いかけない。(現場なら追いかけます)
葉は表葉の様子がわかる部分がありました。
裏葉よりも緑味の強い緑青で、主脈が白緑で入っています。
先ほどの画像では土坡の近くの表葉に群青ぼかしも確認できます。
裏葉は白緑のみ、葉脈わからずです。
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別の面の蟇股イヌに、葉の詳細がよく残っていました。
植物が異なるため安易に持ってきていいか迷いますが、描き込みがあったとすればおそらく同様の色をもってきているでしょう。
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ちなみにこのおイヌさんは黒ブチとにらんでます(所々に黒塗膜)
ツツジの幹ですが、金に樹具がベース。
苔の彩色は痕跡で残っています。
あとは墨線ですが、それらしいものがうっすら見えるものの明確ではない。
ここでも別の蟇股からひっぱってきます。
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栗の木の幹に苔・墨線がよく残る。
【ウマ】
メインのウマさんです。
まず大きく塗膜が剥落している胴体ですが、痕跡は十分残っています。
ベースは白、腹に淡い黄色のぼかしが確認できます。
また、腹から背にかけては丸く白が抜かれていますね。
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こちらはウマの連銭葦毛という毛色です。
若い馬に見られる毛色で、絵馬や絵画で若武者との組み合わせでも好まれています。
「銭が連なる」ことから縁起も良いそうで、彩色でも映えて見えます。
これも良い類例が見つけられなかったのですが
狩野山楽の「連銭葦毛」がすこぶる格好いいので、ぜひ検索ください。
そして尾にはしっかり毛のラインが残っています。ありがたや。
彩色では「白塗り一色」は避けられます。
下塗りで終わっているように見えるので。飾りや乗り手のない動物なら何らかの模様や味付けがされている可能性が高いです。
続いて耳の中はぼかしの痕跡があり、首まで連銭の確認ができます。
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肝心なところの「眼」がいまいちつかみきれませんが、
ここは他の蟇股に助けてもらいましょう。
明確に残っているのはウシさん。
黒・岱赭・白群の構成です。
十二支全部がそうなっているか判然としないのですが、
ウマさんと体のカラーリングが似ているヒツジ(ヤギ)さんを見てみると
うっすら青みが感じられる瞳です。
こういうときは、描いてみてしっくりきたら使う。
(現場調査では追いかけますよ)
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⑤イメージ図作成
そうしたこうしたで、今回作ってみたのがこちらです。

連銭葦毛がちょいと細かめになりました。
今回は他の蟇股からけっこうひっぱってきました。
実際の調査でも、あまりにも痕跡が少ない場合にはそうした補いをよく使います。
オリジナルも全て同一人物が彩色したわけではないことが多いので決めつけ厳禁でありますが、同じ彩色仕様で進められている可能性は高いからです。
例えば土坡で、ある蟇股は群青ぼかしあり、ある蟇股は群青ぼかしなしというのは考えにくい。
たまに本当に厳密な(厳密なことが好きな)監督さんの場合、平然とそういう仕様にしたりありますけどね。
そのものに痕跡がなければ認めん!という…
その時はうけてたつのみです(鬼のようにさがす)
苔の位置は、痕跡が残っているところに起こしたのと、
あとはバランスをみていれてみました。
この痕跡のあったところに苔を入れる部分、ペンタブ様々ですね!
当たり前ですがレイヤー便利です。
調査図を下敷きに描けば良いのだもの、これは楽。
これをペンタブでなく和紙でやるとき、しかも成果物の大きさが実物大というときは、写真をいちいち実寸大に拡大コピーしたりなんやり…
ペンタブ楽。
そして味付けver.としまして、尾とかたてがみに少しコイぼかしをいれたり、眼と鼻の周囲にも入れたものがこちらです。
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蟇股の枠も赤い(他の蟇股は緑青などもある)し、斗も赤いし、花も赤い。
ちょっと暑苦しいのではと思いきや
意外とメインのウマさんが涼しく目立って良いですね。
ツツジの赤を繧繝の赤とは異なる色味に変えるという手もありますが
塗膜で決め手がなかったので同じ色味でしています。
3.おわりに
さて、今回も長くなりましたね。
でも楽しい彩色調査の話なので仕方なしというとこです。
今回は「あまり痕跡がないときどうするか」の1つとして
「周りの他の蟇股と補い合う」という方法を組み込んでみました。
これも監督の人とのやりとりのなかで線引きを決めていくので
無敵の策ではありませんけれど、比較的使いやすい方法です。
日光東照宮のなかには他にも「輪王寺三重塔」がありまして
そこにも十二支の蟇股がぐるりと取りついています。
十二支は馴染み深く見つけやすい画題です。
社寺巡りの好きな方は、ぜひ色々な十二支彫刻を探してみて下さい。
この勝手に彩色調査、比較的簡単にできるので、また別の彫刻でもやってみたいと思っています。
ご興味ある方はどうぞお楽しみに。
今回も最後までお読み頂きありがとうございました。
おまけ
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