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鰹にも弱きものありはたゝ神
ごきげんよう。本日6月26日は「雷の日」だそうで、その由来は延長8年(西暦930年)に平安京清涼殿に雷が落ちたことだそうですわ。
今ですと自然災害で終わってしまうのでしょうけれども当時は菅原道真公の祟りとして、京の町全体を巻き込んだ大事件になったそうでしてよ。
さてこの京を襲った雷。落ちたのが「清涼殿」と申します天皇の居所でしたので「清涼殿落雷事件」と言われておりますわ。多くの公卿の方が出入りする場所に雷が直撃しまして死者も出ましたから大変な混乱ですわよね。
また醍醐天皇もこの出来事に衝撃を受けたのか数カ月後お隠れになってしまいます。
そういったことで一つの雷が京の都に大混乱を招きまして、人々に様々な噂が立ち始めるのですけれども――、そこで出てきたのが太宰府に左遷され失意の中で亡くなられました藤原道真公のお名前だそうで、この一連の出来事が道真公の怨霊の仕業なのではないかと畏れられてまいりますわ。
「道真公の祟り」は落雷事件によって強く意識されることとなりまして、これを契機に名誉が回復。後に「天神さま」として祀られることに繋がってまいります。
昨今にも伝わる道真公の伝説。政治の勢力図が変わってしまいかねないほどの、歴史上大変重要な「雷」だったということがよく分かりますわね。
さて、雷の一件によって道真公は名誉回復がなされましたけれども、更にはそれが信仰となりまして神と結び付けられることとなりますわ。今に伝わる天神さまですわね。学問の神様として有名ですからお参りされたことある方も多いのではないかしら。
歌人としても有名ですけれども、そういったご利益はあるのかしら――。
わたくしはそちらのほうが気になってしまいますわ。
ということで、結果としては色々ありました「清涼殿落雷事件」ですけれども、秀才あるいは天才歌人とされておりました道真公が、左遷後もいかに京の都に存在感を残していたのかというのが良くわかるお話ではないかしら。
それが1000年の後も信仰として伝わっているのですもの、正しく伝説の中のお方かと存じますわ――。
ちなみに、俳句にはこの「清涼殿落雷事件」の逸話によく似合いそうな言葉がありまして「雷」の子季語に「はたた神」というものがございますのよ。
これは雷の鳴り轟く様をはたたく(はためく)として表現しているようで、相当古くから用いられていた言葉のようですわ。古来の自然観を感じる単語ですわね――。
「はたた神」は漢字ですと「霹靂神」と申しまして、よく「青天の霹靂(へきれき)」といった形でことわざを用いますけれども、まさに「霹靂」なのですわね。
そう考えてみますとなんとなく印象が浮かんでくる感じがいたしますわ。
ついでに似たような言葉で「稲妻」という言葉がありますけれども、こちらは秋の季語ですから混ざらないように注意が必要ですわ。「稲」ですものね。
古来は、この稲妻が稲を実らせると考えられていたそうですわ。
鰹にも弱きものありはたゝ神
今日は季重なりにしてみました。
「雷」で子季語を併せて10句ほど乱詠してみたのですけれども、何故だかこれが一番気にいっておりますわ――。
ちなみになのですけれども、海に雷が落ちましたらやはりお魚さんは感電してしまうのでしょうか。そんなことを考えながら詠んで見ましたわ――。
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