無題Ⅲ

初めてピアスを開けたのは、高3の11月だったと思う。志望校とは違う大学ではあったがAO入試で進学先が決まり、ひと段落した頃だった。勉強する気は全く起きず、でも周りはまだ受験モードで、時間とエネルギーを持て余していた。卒業まであと数ヶ月待てばいいものを、ノリと勢いと、少しの反抗心で開けた。学校とか社会とか、親へ反抗したくなる年頃だったのだろう。学校のトイレで、すでにピアスが開いている友達に開けてもらった。髪が短く、耳たぶではバレバレなので、ファーストピアスは右耳の軟骨だった。そんなところでチキるなよ、と今なら思う。ドン・キホーテで買った1番安い14Gのピアッサーが耳にめり込む時の、グサッともサクッともいえない妙な感覚を覚えている。軟骨の唐揚げを食べている時のことを思い出した。初めて人に開けるという友達が、刺さり切らなかったファーストピアスを無理やり詰め込んできたのは正直痛かった。でも強がって、全然平気だよと笑った。青春といえばそんな気もする。

卒業までにもう1箇所軟骨を開け、卒業後に左右の耳たぶに開けた。その頃にはピアッサーのバチンという音にも慣れ、自分で開けるようになっていた。大学進学で一人暮らしになり、自由が手に入った。誰にも何も言われない、そして誰にも何も言えない環境で穴は増えていった。
嫌なことがあった時、イライラした時、ピアスを開けると少し気持ちが落ち着いた。開ける前の緊張感、耳に残る熱さと痛み、そして、やってやったぞという達成感。クセになっているのを感じたけれど、辞められなかった。辞める必要もなかった。
穴はどんどん増えていった。一回に何箇所も開けるようになった。ピアッサーを買いに行く時間もお金ももったいなくなって、一度使ったファーストピアスで自分で開けるようになって、最終的に画鋲で開けるようになった。自分の手で、自分の力で針を耳に刺すのは何回やっても少し怖かった。躊躇すると、声が聞こえた。

そんなこともできないの?
逃げんなよ。
意気地なし。

聞いたことのない、でもよく知る声だった。

振り払うように穴を開けた。大して消毒もしない画鋲で開けた穴はもちろん安定せず、ひどく膿んだ。朝起きると枕に血の染みがついていることも多かった。面倒くさくなってすぐ塞いで、また穴を開けた。10箇所以上穴が開いた耳はいつも少し赤くて、熱をもっていた。乱暴に塞いだ跡で、耳にはポコポコとしこりが残った。
全部どうでも良かった。

ピアスを開けるのは、自傷行為だったと思う。
どうしようもなく嫌なことがあったり、イライラした時には、今日の夜開けるかと漠然と考え、穴を開けると少し気持ちがスッキリした。異常性を理解しながら辞めるつもりはなかった。


初めてピアスを開けた時から4年経つ。穴を塞ぐ回数が増えて、開ける回数が減って、気がついたらピアスの穴は3箇所まで減っていた。右の耳たぶに2箇所、左の耳たぶに1箇所。
今でも、ふと開けようかと思う日がある。最終的に面倒くさくなって開けずに寝る日が増えたが。

耳に残った跡は、すぐには消えないだろう。
それで良いんだと思う。

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