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ひとりごとがふたりごとになる朝ごはん

「明日、一緒に朝ごはん食べよう!」

ある日の夜、わたしは夫に朝ごはんのお誘いをした。

わたしは夫とふたりで暮らしているのだが、実は一緒に朝ごはんを食べることはほとんどない。
というのも、家で朝ごはんを食べるわたしに対して、起きてすぐは食欲がないらしい夫は会社の最寄り駅で持参したおにぎりやパンを食べているのだ。
休日は、起きる時間が合えば一緒に食べることもあるけれど、基本的にはそれぞれ好きな時間に起きて、好きな物を食べている。

だから、「明日、一緒に朝ごはん食べよう!」と誘うのに、私は内心そわそわしていた。

すると、そんなわたしに、
「いいよー!  なにかのプロジェクト?」と、にやりと笑う夫。

うっ、するどい。

そう、わたしが夫を朝ごはんに誘ったのは、朝を楽しくするための「ふたりで朝ごはんを食べる」という工夫を試すためだったのだ。

とは言え、ひとりで食べることが寂しいかというとむしろ逆で、わたしはひとりで朝食を食べる時間が好きだ。
ここだけの話、休日は夫が起きる前の時間をねらって食べることもある。
その隙間のような時間に好きな食べ物を味わいながら、頭の片隅でこれからの予定を考える。
この時間はわたしにとって、一日を始める前の準備運動のような大切な時間になっているのだ。

なので、しっかりと約束をして「ふたりで朝ごはんを食べること」は、もう食べる前から新鮮だった。
一体、どんな気持ちになるのだろう。

ということで、今回の朝を楽しくする工夫である「ふたりで朝ごはんを食べる」の、はじまりはじまり。

 

***

ふたりで朝ごはんを食べてみる

翌朝の8時頃、夫はまだ眠っていた。
いつもなら起こさないけれど、今回は前日の約束通り「朝ごはん食べよう」と声をかけた。

「何食べる?」「トーストがいいな」
「飲み物は?」「コーヒーとかどうかな?」
「パンは1枚でいい?」「朝だからそうしよう」
「何かつけるー?」「バター!」「わたしはジャムも塗ろうっと」

自然とわたしがトースト係、夫がコーヒードリップ係となり、ふたりでキッチンに立って用意を始める。
ひとりだと、パンを焼いている間に飲み物を用意したりスマホを見ていたりして、うっかり焦がしてしまうことがある。
でも、この日はトースト係に集中できたため、ちょうどいい焼き目に仕上がるようにグリルのそばから離れず、何度も中の様子をうかがうことができた。

 

おかげでとてもいい焼き色になった2枚のトーストと、夫が淹れてくれたコーヒーをテーブルへ運び、一緒に手を合わせて「いただきます」をする。
正直、なんでもなさすぎるのだけれど、もうそれだけでなんだかうれしくて、マグカップが2つ並んでいるのを見たら、心の温度がちょっと上がったような気がした。

 これから一日を始める仲間がここにいる。
大げさではなくそう感じられて心強い。

 

食べる時、夫がトーストを両手で半分に割いているのを見て、わたしも真似をした。バターが染みた香ばしいトーストは表面がサクサク、中はふんわり、ほんのり甘じょっぱくて頬が緩む。
「おいしいー!」
ひとりのときは心の中で叫ぶだけのこの気持ちも、夫とふたりなら声に出せる。
感想を共有できる相手がいるのはうれしいことだ、と今更ながら思う。

 

「そういえばさ」
もぐもぐと食べていると、夫がふと昨夜見た夢の話をし始めた。
それを皮切りにぽつりぽつりと、とりとめがなく、別にためになるわけでもないけれど、でも心地よい雰囲気の中で会話が続いていく。

スーパーで最安の食パンを買ったら後悔した話。
パン屋の食パンは高いだけあるという話。
サンドイッチには8枚切りが合うけれどトーストには6枚切りが合うから、いつもどっちの枚数のパンを買うかで悩む話、など。

お互いがリラックスしていると、そんなたあいない話がはかどる。
会話はひとりではできない。そんな当たり前で大切なことにもあらためて気づいた。

「ごちそうさまでした」

実はこの日、午後から取材に行く予定が入っていて緊張していたわたし。
でも、ふたりで朝ごはんを食べながら話をしていたら、その緊張は不思議とほぐれていた。

 

***

人と人を近づける朝ごはん

ふたりで朝ごはんを食べたら、自然と会話が生まれ、心が安らぐ。

一緒に朝ごはんを食べるという時間の中には、何を食べるか、何を飲むか、どのくらい食べるかなど話すきっかけがたくさんある。
さらに、一緒に食卓を囲むことで話しやすい空気が自然と生まれていくのだ。

ひとりの時には、なにか話したいと思っても、相手が遠くにいたり、別の作業をしたりしていると「わざわざ話かけに行くほどではないか」と伝えずに終わることがある。
けれど、隣に座って朝ごはんを食べる時間を共有していると、些細なことも話してみようと思えた。

朝ごはんには、人と人を近づける力があるのかもしれない。

多くの人にとって一日の始まりである朝は、今日やるべきことで頭がいっぱいになったり、どんなことが起きるか分からないことへの希望と不安が入り混じったりと、昼や夜に比べて緊張感を感じやすいように思う。

だからこそ、朝ごはんを食べながら交わすたあいない会話は、そんな張り詰めた気持ちを優しくほぐしてくれる。

「一緒に朝ごはん食べよう」
この何気ない言葉は、「ちょっと話聞いて」や、「いつでも話聞くよ」の代わりになるのかもしれない。
そして、一緒に朝ごはんを食べることで、たとえ言葉にはしていなくても「今日も一日がんばろうね」と心の中で声をかけ合うことができる。

ひとりで心を整えながら食べる朝ごはんも大好きだけど、今、わたしの頭の中には「一緒に朝ごはん食べよう!」と誘いたい人の顔がいくつも浮かんでいる。











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