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AI時代にWELQ問題を振り返る
WELQ問題を知ってますか?
2016年から2017年の話ですのでその当時からWebメディアに関わっていた方は覚えていると思います。
WELQ問題は、2016年にDeNAが運営する医療情報サイト「WELQ」で、記事の信憑性や著作権侵害などが問題になった事件です。
最近Webメディアやライティングを始めた方は、ご存知でない可能性もあります。WELQ問題を今一度振り返ることでAI時代における情報発信のあり方を考えていきたいと思います。
AI記事に対する違和感
私は直近の5年弱の仕事は会社員としてWebディレクターをしてました。小さな会社だったので、Webサイトの更新やリニューアルだけでなくDXなど様々な仕事を経験し、最後は、ライティングやコーディングの仕事は外注して営業職も兼任していました。そのため、今、ちょっとした浦島太郎状態。様々な発信にチャレンジして次の仕事を模索しようと思っているところです。
そこで、便利だな…と感じ始めているのはAIの存在、こうやって記事を書く前も noteAIに励まされました。
Welq問題を深く掘り下げ、読者に有益な情報を提供する記事を作成してください。頑張ってください!
ただ、会社員時代、コンサル会社からAIで記事を書いてみないかと提案されたときには違和感を感じてしまいました。
「こんな記事も書けます」とみせられた文章は、私の制作したコンテンツとメーカーさんの制作したコンテンツを切り貼りしたウェルメイドなコピペ記事にしか見えませんでした。
それまでもコンサルや制作会社から「キーワードを盛り込んだ記事を安価で量産しませんか」と記事作成を外注化する方法を提案されたことがあります。そのときは制作会社がSEO対策を踏まえた構成案を考え、その中身はクラウドソーシングで集められたライターが書くという提案でした。
家事に関わるものなど一般的なジャンルの記事ならその方法でも記事は量産できるでしょう。
けれど、私の関わっていたサイトはニッチな分野なのでネット上に情報はほとんどありません。そして、クラウドソーシングでは、そのジャンルの記事を書けるライターさんと出会える可能性は低いと言えます。
それでも無理矢理書いてもらった場合は、構成案にあわせて他サイトからコピペして体裁を整えただけの、何が言いたいのかよくわからない記事ができあがることになります。
コンサル会社から提案されたAI記事は、構成案も中身の文章もAIが担当したものでした。そして、「簡単なプロンプトさえマスターしてしまえば、ものの数分で記事を完成させることができますよ」と作成方法も教えてもらいました。
AIが作成した記事は、体裁の整え方が非常に巧みで、クラウドソーシングのライターが書いた記事よりも「なんとなく良さげ」に見えます。
しかし、同時に困りものだなと思いました。「なんとなく良さげ」であるためにサラッと読んだだけではその正誤がわからないからです。
「これは、誰かがネットに嘘を書いて、それをAIが記事にする。それを元に別のAIが記事にする。途中で誰かが『ちゃんと調べないと』って思ったところで、ネットを検索するぐらいしかしないから、そのころには嘘のAI記事があふれていて、もはやそれが本当になるってことない?」
提案の後の雑談で20代前半のコンサル会社若手担当者と30代のライターとそんなホラー話をしました。
そこで思い出したのが、WELQ問題でした。
「昔の人はそれを人力でやっていたんだぜ...」
【WELQ問題の時代背景】クラウドソーシングとキュレーションサイト
2016年に問題になったWELQとは、医療系のメディアの名前です。WELQはクラウドソーシングを利用して記事を量産し、検索上位になることでより多くのPV(ページビュー)を獲得し、広告収入を稼いでいました。
PV(ページビュー)を獲得し、広告収入を稼ぐビジネスモデル自体は特に問題はありません。しかし、WELQが重要視していたのは検索上位になることであり、その記事の内容の正確さをチェックする体制が全くなかった点に問題がありました。
ウェルクには毎日約100本の記事が掲載され、それぞれの原稿は2000文字以上、1000円の報酬が執筆者には与えられていた。多くはクラウド人材サービスで調達した執筆者で、医療機関での就業経験や資格などは必要なく、執筆したヘルスケア情報の事実関係に関する質問や修正が執筆者に依頼されることもなかったという。
WELQ問題が社会問題化した背景には、当時のインターネット社会における「クラウドソーシング」と「キュレーションサイト」の隆盛が深く関わっています。
「クラウドソーシング」は働きたい人材と仕事を発注したい企業がサイトを通じてマッチングし業務を委託する働き方です。当時、在宅ワークの種類は今ほど多くなく、最低賃金を大きく下回るような案件でも多くの人が応募していました。
「キュレーションサイト」とは、インターネット上の情報を収集・整理し、ユーザーに提供するサイトです。様々なサイトのニュースを集めたグノシーやスマートニュースもキュレーションサイトの一種と言えます。
キュレーションサイトの一つに「NAVERまとめ」というサイトがありました。利用者がまとめ記事を投稿するとページビュー(PV)に応じて報酬が支払われるという仕組みがあった為、多くの人が利用していました。(2020年にはサービスを終了)
そのような背景から、当時は低賃金でも仕事を受けることや、他のサイトから情報を転記することに抵抗がない人材が数多く存在していたと言えるでしょう。
「NAVERまとめ」をはじめとするキュレーションサイトは、画像や写真の無断転載や不確かな情報の拡散の温床にもなっており、WELQ問題と同じように社会問題になっていました。
最近の「AIに記事作成を丸投げすればいくらでも記事が量産できる」という考えは、人力からAIに置き換わっただけで、著作権の問題や不確かな情報の拡散という問題は依然として存在しています。
ものの数分で出来上がるAI記事は、クラウドソーシングを利用した量産よりも短期間で、より大量に、より低コストで出来上がります。そのため、WELQのようなサイトを個人が作り上げることも可能になったと言えます。
とはいえ、後述するGoogleのコンテンツ品質評価のガイドラインにより、当時と同じように上位表示はできなくなっている可能性もあります。
【WELQ問題とは】SEO至上主義と問われる倫理観
当時、同じ手法で記事を量産し、検索上位を席巻していたサイトはいくつもありました。その中でもWELQが特に問題視された理由は、それが医療情報だったからです。
WELQ問題は、医学部出身でネットメディアのライターである朽木誠一郎さん(現在は朝日新聞記者)が書いた記事から始まりました。
ともすれば質の低下を招くようなPVを増やすテクニックを、医療情報に適用すればどんなことになるか。しかも、医療の情報というのは、不正確であればその被害は命に関わります。当時、その問題がどれほど深刻か、具体的にイメージできる人は多くありませんでした。WELQ問題はネットメディアの仕組みの知識と、医療情報についての知識、その両方を持ち合わせていなければ見抜くことが難しい。「自分が指摘しないと、この問題の発見は遅くなるだろう」それがヤフーニュースに記事を書いたモチベーションでした。
(引用は2019年に当時を振り返ったインタビューです)
当時、SEO対策(Google等の検索エンジンで上位をとるための施策)で重要視されていたのはその網羅性です。
たとえば、医療に関わる内容であれば、癌のプロフェッショナルが癌のことだけをより深く、より正確に書いたサイトよりも、素人が書く医療に関する記事を網羅的に集めたサイトの方が評価され、検索上位になってしまう状況でした。
WELQはとにかくその網羅性を高めるために記事を量産していました。中身は二の次で、タイトル、構成、文字数だけチェックして公開することを繰り返し、1日100記事もの記事を公開していたのです。
しかし、医療情報は命に関わるものです、不正確な情報に振り回され命を落とす可能性もあります。
WELQ問題で浮き彫りになったのは、情報発信における倫理観の欠如です。SEO至上主義に陥り、質より量、正確性よりアクセス数を優先した結果、根拠不明な情報が大量に拡散されてしまいました。
現在も、倫理観は、AI記事だけでなく、SNSなど様々な情報発信の場で日々問われていると自覚していかなければなりません。
Googleの検索結果が改善された
WELQ問題があったからと明確に言及はしていませんが、Googleは2017年の12月には医療や健康情報の検索結果を改善しました。
例えば医療従事者や専門家、医療機関等から提供されるような、より信頼性が高く有益な情報が上位に表示されやすくなります。本アップデートは医療・健康に関連する検索のおよそ 60% に影響します。
そしてGoogle 検索品質評価者ガイドラインには下記のような項目が追加されています。
E-A-T
Expertise(専門性)
Authoritativeness(権威性)
Trustworthiness(信頼性)
コンテンツやサイトに求められるのは専門性や権威性、信頼性です。特にYMYL関連のコンテンツはE-A-Tを重視していると言われています。
Your Money or Your Life (YMYL)Topics
YMYLとは、医療情報や金融情報など、間違えると人生を脅かすような、ユーザーにとって重要な情報のことです。YMYLのコンテンツは、正確で信頼性の高い情報源に基づいている必要があります。
Google 検索品質評価者ガイドラインとは、その内容をもとに外部の検索品質評価者が評価するための基準です。すぐに検索結果のアルゴリズムに反映されるものではないですが、その評価結果をもとにアルゴリズムをアップデートしていく可能性がある為コンテンツを作成する際には、ガイドラインを踏まえて質の高いコンテンツを作成することが重要だと言えます。
Googleの品質評価に新たに加わったのは?
そして2022年にはE-A-TにExperience(経験) の Eが追加されE-E-A-Tになりました。
つまり、実際に製品を使用している、実際にその場所を訪問している、誰かが経験したことを伝えているなど、コンテンツにある程度の経験が織り込まれているかどうかも評価されます。状況によっては、そのトピックに関連して実体験をもつ人が作成したコンテンツが最も高く評価される場合もあります。
経験は人間でしかできないことです。AIの進化は目覚ましいですが、人間の経験や企画力は依然として重要だと言えるでしょう。100%AIに頼るのではなく、AIと人間の知恵を融合することで、より魅力的なコンテンツを生み出せることを忘れないでください。
AI時代における情報発信の注意点
WELQ問題を踏まえて考えたAI時代の情報発信の注意点を以下のようにまとめてみました。
情報の正確性を意識する
著作権侵害や肖像権侵害に注意する
倫理観をもって情報発信する
特にお金や健康に関わるものの発信は注意する
自分の専門性や実体験に基づいた情報発信に努める
今後は、AIと人間の協業によるコンテンツ制作について、さらに深く掘り下げていきたいと思います。