人んちの台所に脳内トリップするような3冊

あたまのなかは、いつだって自由だ。日常に身体を浸しながらも、想像力ひとつでパラレルワールドへ飛んでゆける。

いつもの生活で感じる軽い違和感、へんな妄想。それが、どこでもドアのドアノブだ。それをむんずと掴んで、一歩踏み出せばたちまちアナザーワールドへ。

とはいっても、魔法使いやドラゴンが出てくるような壮大な世界じゃなくて、だれかの実家の台所みたいな、舞い降りたらちょっとガッカリしそうな小世界もいい。

人んちに紛れ込むような脳内トリップの3冊。

▼『壇蜜日記』壇蜜/文春文庫

2014/4/8 晴れ
お釈迦様は蓮の葉の上に乗って移動する。ABSは付いているのだろうか。
彼の国籍はカレーの生まれた国と同じ。分かっているのだが、お釈迦様とカレーは結びつかない。イメージするとどうしても無抵抗主義の彼が割って入ってきて、カレーを平らげてしまう。

あの容姿のなかで、きわめて普通の庶民が生きている。少女漫画の設定にありえないと憤慨し、スーパーのチラシを眺めてコンディショナーを選び、熱帯魚の飼育環境を整える。卑屈と自虐のぎりぎりのラインで自分を俯瞰し、たんたんと語る。たまに想像力が走り出すのもおもしろい。


▼『ないもの、あります』クラフト・エヴィング商會/ちくま文庫

世の中には、何もかも「てっとり早く済ませたい」という人がいます。[…]春のうちに新しい冬のジャンパーを手に入れておきたい。[…]
それも、なるべくすみやかに、さっさと済ませたい。じっくり探すのは面倒。[…]……というような方にこそ、お勧めしたいのが、本品「捕らぬ狸の皮ジャンパー」であります。なにしろ早いです。まったくお待たせしません。お客様が「欲しい」と思った瞬間、さっとお届けします。「欲しいっ」「はい、どうぞ」これだけです。あっという間です。
しかも驚くべきことに、代金は一切いただきません。[…] 

「左うちわ」「堪忍袋の緒」「自分を上げるための棚」ことわざだけにある言葉の通販カタログ。ないものだって、あるかもしれない。


▼『なんらかの事情』岸本佐知子/筑摩書房

 聞くたびに変な気持ちになる言葉がある。
たとえば「国はこれを不服として」がそうだ。
もちろんこの場合の「国」というのは、具体的にはたとえば公的機関の担当部署の何人かの人々であったり、その人々によって運営される政府の方針のことを指しているのだ。わかっているのだ。わかっているが、どうしても日本列島の形が思い浮かんでしまう。北海道が横を向いた顔、本州が胴体で、四国と九州が足。北海道の右端あたりのあの尖った部分が、いかにも不服らしく口を尖らせている。胸にあたる三陸沖のあたりは「不服」がわだかまって、膨らんでもしゃもしゃしている。とんがり頭の先端からは、怒りの湯気の樺太が噴き出ている。

言葉の石ころにつまづいて、そのつまづきを綿あめのごとくふくらませていく天才。というか、しつこい。ひとつ連想をしたら、その世界観の整合性をいちいち確かめていく。その結果、アナザーワールドがひとつ出来上がる。


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