伊東のTUKUNE 15話 脱色のすゝめ・準備編
▼前回
https://note.com/fuuke/n/n7906d390eb70
▼あらすじ
進学した僕はなんとなく不良になり、恥ずべき人生を送っていた。ある日の帰り道、僕は村上紫という少女に出会う。そしてなぜか紫の兄としてアルバイト面接の同伴者にさせられ、お礼にしゃべるハムスター♀をもらった。彼女は生命を何らかの波動で視認するらしい。
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ハムスターにさえ飽きられてしまう僕の話だったが、僕の脱色論は熱を帯びていた。
僕は結局は脱色とは妥協との戦いであることを述べた。
というのも髪から色を抜く作業とは時間との勝負であるためだった。さっき話した脱色剤の素材AとBとCは混合液にして使うんだけど、最初から混合液になっているわけではない。
おそらく混合液にした状態で売ってしまうと、その威力(だって髪から色素を失わせる能力を持った薬剤だ)に耐えられる容器にコストがかかり、薬品メーカー的には割に合わない商品と化してしまう。あるいは強靭な容器を造ったことによる価格添加により、競合メーカーに容易に負けてしまうんだろう。
さらにいま言ったように薬剤が強すぎて、たぶん薬剤自体の消費期限が激しく短いはずだった。Aはすぐに蓋があくプラ瓶に入ってるけど、Bは柔らかいアルミのような鉄材型チューブに入っている。しかも薬剤の出入り口は密封されており、蓋の裏側についている刺し物でこじ開ける必要がある。
C剤も密封されている。ただその辺の調味料程度の長方形袋に入っていて、鋏であける。
このように2/3の薬剤ができる限り空気に触れないようにして小売店に並ぶ。それほど簡単に変質してしまうことを示しており、それだけ敏感な薬剤を混ぜるんだから前述の通りどれだけ凶悪な物体が出来上がるのか、しかも短時間で内容が変質してしまうだろうことは容易に予想できる。
だから混ぜ合わせた薬はさっさと頭に塗らないといけない。そして使った後は取っておいてはならない。少なくとも混合液の状態では保管しておく意味がない。
僕は一度、混合液のまま保管してしまったことがあった。金属の容れ物を使ったが、半年後に開けると容器の一部を溶かしていて、溶かされた金属と同化してえげつないことになっていたので思い出したくない。火気と混ざった日には目も当てられないことになっただろう。その時の棲み家を僕が破壊することにならなくてよかった。
「もしその時ご家庭が発火してたら、わたくしたちは今こうしてお会いしてないのかしらんと思わされますね」
確かにその通りだった。危うく命が助かっていても、居住箇所が変わっていたら何もかもが変わっていたかも知れない。だって住む場所が変われば通学路は変わる。それどころか僕が通う学校だって違っていたかも知れない。帰り路に煙を漂わせている焼き鳥屋がある学校に通うことがなく、僕はヤンキーになんてなっていなかったかも知れない。もっと誇らしい命の輝かせ方をしていたかも知れない。
もっと違う何かのよすがみたいなものが得られていたのかも知れない。初めて僕が髪色をいじったその時に、不良の芽生えみたいなものは確かにあったのかも知れないが(髪色を変える行為それ自体がそんなようなものだと言われても僕は言い返せない)、発火性の高いその液体を通じて僕は着実に道を踏み外していたのだ。
果たしてその発火性の高い液体は爆破も着火もすることなく、気持ち悪い形状になったことを僕に嫌気されて捨てられた。もし着火していたら僕は今ごろ進学校にでも通っていただろうか。わからない。
それでもなお僕は刹那的に生きている。伊東の焼き鳥が食いたいがためにこのような見た目となり、悪名を高めてしまった。そこに後悔を持っていない自分が不思議だった。
「さっき言ったように、無難に脱色剤を使用……はしてないかも知れませんが、無難に処理した結果がなければわたくしたちの出会いがなかったと思えばわたくしはそれでいいと思いますけどね。出会いに乾杯しましょう」
そう言ってハムスターは僕の手の中をいつまでもくるくると回り続けた。
▼次回
▼謝辞
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