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太陽に焼かれて殺されたダニの香りの芳香剤を売れ 第29話 ピーコに捧げる

「対話っていうのはホッブズがリヴァイアサンで言ってた……」
「うっ……頭痛くなってきた」
「……」
「あんたそんな公民でも出てこなさそうなこと一生覚えてんの??」
「こ、公民だっけ……」
「どうでもええわ、」

何か言いかけた浅荷がダイニング・バーのような店の方向を見ながら止まっていた。

「ど……どうした」
「あれ……知ってる?おねえの」

バーの中には巨大な映像ビジョンがあり、店内の人々はそれに目を向けているようだった。服飾評論家のピーコが死んでしまったというニュースが流れている。

「ああ……」
「ピーコってあたしたちの親世代とかが好きなタレントよね」
「俺も好きだった。児童なりに一緒に見て……覚えてるんだろうな。好きだった……おかまだから、変わってるから最初は面白がって見てたんだろうけど」
「うん」
「いや、あるいは最後までそのように見てしまっていたのかも知れないけど、テレビに出てる人の中で1番面白い人だとか思ってた気がする。ゴールデンのバラエティとかかな……多分そういうのに出てた」
「そうか」
「覚えてない?」
「多分……あんまり覚えてない」
「でもそれが普通だよな。身体を悪くして表に出なくなってたし」
「ニュース教えないほうが良かった?」
「いや……どこかで知ることになっただろうなぁと思うから」
「すまないな」
「いや……」

関係者のインタビューが字幕で表示されている。LGBTQという単語も生まれてない頃からその苦しみを背負いながら、表には一切出さなかった。よく毒舌とか揶揄されることが多かったが、忖度していえない奴らの代わりを勤めていただけだった。

「ピーコに笑われてしまう。男だから話しかけたくない、女だから話しやすいとか言ったら」
「そうかなあ」
「『ピーコが笑ってくる』なんてピーコを評してる時点で、何もピーコのことを理解できてない気がする」
「あたしもなんとなくそう思う」
「妹のおすぎは直情的で、ピーコは論理的……いやあんま関係ないか」
「……」
「双子で出ていると同じには見られたくなかったのか、それぞれ違う個であろうと思ったのだろうか」
「……」
「別々に出てると、どちらも論理的だった気がする。ということは……ショービズの世界に応えてやってたのか。それぞれ求められるだろう自分を演じてあげてたのだろうか」
「あの店に入る?」

割と俺はその時どうしようかと思った。今日は俺の靴を見に浅荷につきあってもらっていて、さっき既に朝飯なのかなんなのか高校生のくせに気取ったサ店に入ったばかりだった。

「いやーいいよ。ありがとう。今日帰れば信じられないぐらいニュースになっているだろう……新聞にもなるだろう」
「新聞ねぇ……あんた新聞まで読むの」

このままでは俺はホッブズと新聞をこよなく愛するイキり野郎になってしまう。

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中村風景
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