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太陽に焼かれて殺されたダニの香りの芳香剤を売れ 第08話 basket case

俺を笑わせてすなわち照らしてやろうとしてくれているらしかった同級生の女に対して、俺は何ができるだろうか。

「男同士の友達でも、そこまでストレートに前向きな応援みたいなことをしてくれる関係なんてなかった」
「そうか」
「それはきみにとって自然なのか」
「自然に口に出たってことは……自然なのかもなあ」
「自分の友達は照らさなくていいの」
「あいつらはみんなKPOPだ化粧だ男だなんだって元気だからな」
「俺は元気じゃないか」
「そらそうでしょう。誰が見てもそうでしょう」
「靴もぼろぼろだから?」
「そうだなあ。『歩き』をそもそもまともにやりません宣言に等しいもんな」
「そうか……GREEN DAYのTre Coolみたいだ」
「はい?」
浅荷が鼠に食われたような素っ頓狂な声を出した。鼠だっけ?

「Green Dayっていう外国の歌のグループがあって……」
「おお」
「そこにドラムの人がいて、トレ・クールっていうんだけど」
「ほぉ~~~~~~~~~」
「どうしたの」
「いきなり異国語を話し始めたのかと思って」
「そ、そこまで?」
「いやなんか文法は日本語っぽかったから余計にびびった」
「いやそりゃ、知らないだろうなとは思ったけど」
俺はまだ大量に残っている甘液あまじるを混ぜながら言った。

「別に聞きたくない?」
意識してなかったが、自分の好きなことに興味ない、と言われてしまうかも知れないという危惧がそこになかったといえば嘘になるだろうか。
「いやそんなことないよ。聞かせて」
「バスケット・ケースっていうこの人らのほとんどデビューみたいな歌があんだけど」
「うん」
「あ聴いてもらったほうが早いか……イヤホンでYouTube出せる?」
「ああ」
浅荷はポケットからケーブルを取り出して、机の携帯に刺した。
「この時のライブ名で検索して……そう公式のが出てくるから、それ聴いてみてくんない」
「はい」

浅荷が見始めると当たり前だが一旦会話は途切れ、俺は2人で来たその空間ながら一人の時間を持て余すことになった。

窓の外には絵に書いたような土曜日のド朝の景色が流れてい、慌ただしく走る車や自転車や人々の姿こそなく、ただ自由にゆったりとした目的のために駅に向かうのか別の目的地に向かうのか、それぞれの速度を保っている群衆が敷かれている。その中にやはり堅苦しいフォーマルに身を包んだ社会人もいないことはなく、俺はさっき浅荷と話していた遅くまでエナドリ飲みながら残業するリーマンのことを思わずにはいられなかった。彼らもまた、せっかく平日にそのような激務をしていたにもかかわらず、今この休日に至ってもなお、自分の平和的安全基地である家の中から外に出なければならないのかと。

あるいはフォーマルを着ているなら就活なのかも知れない。彼女も彼も慣れないフォーマルを着、慣れない時間に慣れない交通機関を利用しなければならずに走っている。だからその一挙手一投足がやたら目立ってしまい、たまたま外に目を向けただけの俺のような生き物の視界にも入りやすくなってしまう。

おかしな話だ。あと数年もしたら、あるいは選択肢のひとつ───もっとも俺のいる学校にはそのような例はほぼないので、マジで形式的事実としての可能性のひとつに過ぎないのだが───として、俺もそのような格好をし、入りたくもない企業のどさ回りをしなければならない時期になる。年齢が来る。いや、年齢が来るという言い方は不適切な気がする。だってそんなものは母さんの産道から出てきた者すべてがただ同様に漫然と過ごしてるだけで勝手に訪れるものだから。漫然と産道を通ってきただけなのに、漫然と超越的存在か何なのかはしらないが命を与えられ、漫然とそこにいただけなのに。それなのにそこから18年が過ぎたら、必ずフォーマルに身を包み、たった18年しか生きていないながら、世界と戦うプラットフォームの仲間入りを自ら「したい」と表向きには世間に表明しなければならない時期が来る。そんなものはあまりにも理不尽じゃないだろうか?

場合によっては、漫然と15年生きただけでもそれが来る。もっと理不尽なことだろう。事実上、産道を通って15年経ったら、また漫然と生きる新たな生命を産道に通さねばならないことになる。あるいは15年経ったらその準備をしろ、と暗に世間が命じてくる。こっちは何のコンセンサスも得ていないことなのに、勝手に世間が押し付けてくる。

そしてその中で、そちら側ではない俺自体もまた不思議な話だ。同級生の異性と学食よりも高い値段の飲料が死ぬほど用意された店舗に入り、漫然と過ごしている。これは本当に俺なのだろうか。俺がこんなことをしているのだろうか?ただ義務的に同級生とクラブがある日に共に帰らされているというだけで、その日とは関係のない日に同じように帰宅ではない行動を共にしている。

「聴いた。上げられたのはめっちゃ新しいけどめっちゃ古いの?検索したら20年ぐらい前の歌?生まれてないな」
「そう」
「いい歌だった」
「よかった……」本当によかったので、本当によかった顔をしていたことだろう。
「この歌もあんたを照らしてるって?」
「いや、俺でもあるけど……これから説明する」
「ギターソロみたいなのがなくて1番盛り上がるとこがどこなのかもわかんないけど、本来ギターソロ的な物がありそうな場所が1番盛り上がってる変わった歌に聴こえる」
「え」
俺も似たようなことを思っていたので驚いた。

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