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太陽に焼かれて殺されたダニの香りの芳香剤を売れ 第21話 平均的ヘロドトス曰く
俺は小さな蟋蟀の幼体をティッシュで包み、窓から外へ逃がそうとした。しかし、外はコンクリートばかりで、産卵管を持つ彼女が生き延びるのは難しいかもしれないと気づく。
彼女の命や未来について思いを巡らせ、校費で新しい布を買いに行かなければならない自分の事情から、彼女に構っていられない現実に葛藤する。最終的に彼女の姿は見つからず、自分の無関心さを問い直しながら日常に戻る。
どうして彼女はいなくなったのだろう?俺の部室から追い出されるとまるで存在できなくなってしまうとでもいうのだろうか。
あるいは悪意のある生徒なり学校関係者に潰された?いや、その存在を抹消できるほどの虫の潰し方なんて人間にできるわけがない。
だとすれば……別に風の強い日でもなかったはずだ。幼体だから風には弱いだろうが、そんな一瞬で消えるほどの風なんて……
自力で歩いてどこかへ行った?左右の花壇ならいいだろうが、色的に溶け込んでしまうというか、数多の足跡がこれからお前を潰してしまうだろう砂利道の校庭に行ってしまっていないことを祈る。
俺は町に行くことにした。ディスカウントストアで新しい布を買ってくる。校庭を出て、普段使わないバス乗り場でバスに乗る。
着いたモールは以前一回だけ自転車でどこまでいけるか無鉄砲な旅に出た時に着たことがあったモールであるような気がした。無鉄砲すぎて夏の日なのになんの飲料も持たずにそこにきた。携帯も持ち歩きたくないから持っていない。
「マジかよ」
「変だと笑うがいい」
「変だとは思わないよ。かっこ……いいんじゃない」
「そ、そう」
「調子に乗るなよ」
「……」
「でも持たないで不安じゃないの」
「うーん……持ってるほうが不安で」
「持ってるほうが不安???」
「俺は絶対なくしたり落として破壊したりするから」
「おーん」
「普通の人はきっとそうじゃないと思う」
「あんたと話していると『何をもってして普通なのか』に対して襟を正した回答をしないと行けないような気がしてくる」
「な……」
「だってあんた、あたしがバレーで遊んでるときに」
「遊んでんの??」
「まぁーじゃあ一応課外でも体育的なことをしている間に、社会に触れてるわけでしょ」
「触れられてるのかどうかは自信がないけど……」
「あんたならきっとそういうだろうと思った。バイトとかでもあるだろうけどさ、一概にできることじゃないんじゃない」
「そうかな」
「あたしは球打ちして走って同級生たちときゃははって笑ってるけど、あんたは別の世界の大人たちと渡り歩いてる」
「そうかなあ」
「すごいんじゃない。そんなことしてる奴が『普通はもっとましな~』みたいに普通の水準を高めちゃうと、本当に普通の連中はひっそり穴蔵で暮らすしかなくなるよ」
「そうかなあ」
この時、俺は浅荷が俺のことを褒めてくれていることにあんまり気づけていなかった。
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