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太陽に焼かれて殺されたダニの香りの芳香剤を売れ 第37話 余った時間でかに供養

死ぬほどジョーカーを見に行ったコメディアンの行動は、自分の感情を麻痺させるための「現実逃避」だったのだろうか。

いや……むしろ、彼がその悲惨な物語に繰り返し触れることで何を得たのか――に、焦点を当てなければ、俺は本質を見落としてしまう気がする。

あの映画はただの悲劇でも、逃避の道具でもない。むしろ、絶え間なく圧迫される社会の中で「自分を壊す」という行為を肯定する唯一の場所だ。

自分が破滅していく様を他人の視点で見つめ直すことで、あのコメディアンはおそらく「心の救済」を得ていたのだろう。悲劇を反復することで癒されるなんて常識的な精神状態では理解できない。

だが、誰もが理解できる形で自分を癒せるわけではない。誰かに寄りかかるわけでもなく、自分の影の濃さと向き合うことこそが、彼にとっての救済だったのだろう。誰かが自分で自分を壊していく、なくしていくことで癒やされる……鬼かよ。

そう考えると「癒し」には二種類あるのかもしれない。一つは、浅荷がもたらしてくれるような「人との繋がり」による癒し。そしてもう一つは、「破壊の確認」による癒し――自分が壊れていく様を見つめることによるカタルシスだ。コメディアンは後者の癒しに賭けたのだろう。そして俺は、どちらも選べない。

俺の頭に再び浮かぶのは、ジョーカーが人間に絶望し、ただ一人で「異物」として生きる姿だ。あれは映画の物語だが、現実にもそんな「異物」的存在はいるし、俺もまたいつその側に堕ちるか分からない。というか……自分から「俺って異物だし」なんて言ってしまうのは痛すぎて言えないが、どう考えても高校生っぽい生き方ができていない時点で、周りから異物だと思われていてもおかしくない気がする。自分で周りに俺は異物だというつもりはない……

誰とも交わらない、どこにも溶け込まない存在として生き続けることを「孤独」と呼ぶのは簡単だが、本当はそれだけのことじゃない気がする。孤独とはむしろ「自分を抱え込む覚悟」だ。映画のジョーカーのように、徹底して自分を抱え込むことでしか存在を確認できない人間もいる。それは、言葉通りの「孤独」などとは違う、深い覚悟のいる選択だ。

思えばコメディアンはそうした「覚悟」を自らに課していたのかもしれない。世間の共感や理解を求める代わりに、彼は自身の悲しみや孤独を自分だけのものとして受け入れた。

だからこそ、悲劇を繰り返し見るという行為に耐えられたのかもしれない。外から見れば不気味で奇妙だが、彼にとっては「生きる意味」を見出すための儀式のようなものだったんだろう。ジョーカーが傍から見れば不気味で異常だったように。

いや、アーサーが不気味で奇妙だと常に周囲に思われていた。そしてその皮を剥ぎ─────いや、皮を剥いだのか新たに被ったのかもはやわからないが─────ジョーカーになったとて、法律は彼のことを不気味で異常だと感じ、それまでアーサーを不気味で異常だと思っていた奴らはジョーカーがアーサーだなどとは知らず、脳死で体制を壊しにかかるジョーカーを褒めそやす。馬鹿しかいない構図だ。

ここまで考えた時ふと俺は、俺が浅荷に手を差し伸べている理由も、その覚悟が無いからだと気づく。

俺は浅荷を助けることで、自分の「孤独」を他人と共有し、浅荷の中にある影を通して自分の不安を分かち合おうとしているのかもしれない。

しかし、彼のように自分の孤独を「儀式」に変えられるほどの覚悟が、俺にはない。

「そうだ、。俺には無い。あの覚悟が」

不意にそう呟いた俺に、隣の浅荷が軽く視線を向けた。
「え?何か言った?」

俺はしまったと思い首を振る。
「いや、何でもないよ。ただ……ある映画の話を、考えてただけ」

浅荷の「気配」に対する捉え方は、どこかコメディアンの行動と重なる部分がある。浅荷もまた忘れてはならない「過去」として、その気配を感じ続けている。それは無意識の儀式のように彼女の中で続いている。自分が抱え込んだ影をただの恐怖や悲劇として受け止めるのではなく、忘れずに抱え続けるための手段として、あの気配を感じている。

浅荷が自然とそうした「孤独の抱え込み」をしていることに気づいて、俺は少し驚いていた。彼女のように、周囲から愛され理解されているように見える人間が、それでもなお自分の孤独と向き合っている。だとすれば、俺が彼女を「助けよう」としているのは、余計なお節介でしかなくないか。浅荷は誰かにその影を救ってもらうことを望んでいるわけではなく、ただそこに居てくれる誰かを求めているだけなのかもしれない。

だがそれならば、俺がすべきことは何だろうか?俺が彼女にとっての「ジョーカー」をただ傍観することで、彼女が救われるとでも思っているのか?

それとも彼女が影を受け入れることで、俺自身の存在が揺らぐかもしれないと感じているのだろうか。いや、俺は恐れている。彼女の中の影を自分も引き受けることで、自分もまた孤独の覚悟を試されるのではないか。そしてそれを引き受けることができなかったら――

「浅荷が感じている気配は、抱え続けたい何かなのかな」

浅荷は少し驚いたように俺を見つめた。そして、優しい笑みを浮かべながら頷いた。
「……かもしれない。あたしも自分ではよくわからないけど、でも、消えてほしくないって感じる時がある」

俺はその言葉を聞きながら、ジョーカーを死ぬほど見ていたコメディアンがあの悲劇を自らの儀式化すらしていたように、俺自身も浅荷の隣で何かしらの儀式を求めているのではないかということを考えていた。

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中村風景
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