本を読むこと。 ~ 知ってるつもり 無知の科学 ~
たぶん、私が一番恥ずかしいと思うことは「知ったかぶり」です。
知らないことを、知ったふりをすることをしているあえてしている人っていうのはあまりいないと思います。
当然、私もそれが「恥ずかしいこと」だと思っているのでそれをあえてしようとは思いません。
しかしながら、気づかずに「知ったかぶり」になっていることは多々あるということをスティーブン・スローマンとフィリップ・ファーンバックの著書「知っているつもり 無知の科学」で知ることになります。
私達は自分が「知っている」と思っていることもほとんど知らないという事実を。
本書の帯にはチェーンとペダルがない自転車の絵がかかれており、
これにチェーンとペダルが描けますか?とあります↓
この問題の正答率は50%です。
毎日自転車に乗っている私でも、これを完全に正しく描くことはできませんでした。
しかし、私は「自転車」を知っているし、描けると思っています。
しかし、私は「無知」を自覚することのないまま、「知ったかぶり」をしているのです。
これはほんの一例ですが、もっと多くのこともそうなのだと思います。
知ったかぶりの脳
私達の脳はこれまで多くのことを成し遂げ、そしてヒトは宇宙までいくようになりましたが、それほどまでの知性を持ちながらも、どうしてこのような無知も併せもっているのか、それは認知科学の発展によって明らかにされてきます。
認知科学によって得られた知見の多くは、一人の人間のできないこと、人間の限界を明らかにし、個人が処理できる情報量には大きな制約があることを示しています。
つまり、私たちはこの世界のことをほとんど何も理解していないのですが、その自覚すらなく生きているのです。
なぜならヒトは集団の知性を利用することができる動物であり、自らの知性や身体から得た情報、環境、他のヒトのなかに蓄えられている知識を頼り生きています。
そして、それぞれの知性を足し合わすことで、人間の思考は驚嘆すべきものになるのです。
ではなぜヒトの脳はこんなにも不完全なのか。
ヒトの脳は最も有益な情報を選び出し、それ以外を捨てるという作業に忙しく働いています。すべてを記憶することは本質的な原則に意識を集中し、新たな状況に過去に経験したものとの共通点があるかを認識し、有効な行動を見きわめる妨げとなります。
つまり、環境の変化への適応に対して、ヒトはものごとの抽象的な全体像だけわかっていれば良いのであり、詳細な情報まで必ずしも必要としないのです。
無知の自覚
世界について知るうる内容は無数にある中、個人が知っている情報はごくわずかであるという意味において、個人は無知だといえます。
多くの研究はヒトは自分が知っている以上に物事をわかっていると思っていることを明らかにし、答えられると思っている質問にも答えることができません。
こうした自らの無知に気づくことがなければ、ヒトは知識の錯覚の中で生きることになり、自らが知識のコミュニティの一員であることを理解せず、個人の力、才能、能力、業績など個人ばかりを見て、評価をしてしまいます。
更に問題なのは、自らの知識を課題評価し、どれだけ他者に知識を依存しているかという認識を欠いたまま、日常生活にかかわる大小の判断から、社会のあり方にかかわる判断まで、様々な意思決定を行ってしまうことです。
しかしながら、無知は避けられないものであり、それは自然なことです。
それぐらい私たちの生きる世界やコミュニティは複雑であり、個人の理解の範囲を超えているのです。
そのため無知そのものが問題ではなく、無知を認識していないことが大きな問題なのです。
心理学者のデビット・ダニングは、問題が生じるのは自分がどれだけわかっているかを自分の知識によって評価するしかないとであると述べています。
例えば「あなたはどれほど運転がうまいのか」と問われたとき、運転に関する知識が豊富なのであれば、おそらく自分の能力を正当に評価できるのだと思いますが、それが限られた地域での運転のみで無事故である経験やスキルしかなければどうでしょうか?
それでも運転者は「自分は運転がうまい」と評価してしまうでしょう。
実際、パフォーマンスが低いヒトほど、自らのスキルを過大評価する傾向が高いことがわかっています。
最近、高齢ドライバーの事故に関する報道が毎日のように耳に聞こえてきますが、多くはこのような認知的なバイアスによって自身のスキルを過大評価してしまっていることが原因ではないでしょうか。
運転に限らず、このような自己評価が問題を起こすことは日常に溢れているように思います。
無知を埋めるように世界の知識を詰め込むことは、自らの可能性を高めることになるのかもしれませんが、すべての情報を詰め込むなど無理な話であり、人生において大きな「時間」を損失してしまう可能性もあります。
大切なのは自らの知識がわずかであることを受け入れ、他者の知識に敬意を持って、感謝することです。
有能なリーダーとは、コミュニティをもり立て、そのうちに宿る知識を活用し、メンバーの中でもっとも専門能力が高い者に責任を委譲できる人だと思います。
本書には数々の事例や研究をもとに、知のコミュニティの大切さについて言及しています。
読書もまた他者の「知の活用」の1つだと思います。
自らの「知っているつもり」を自覚し、自分の人生の可能性を拡げるためにも本書はおすすめの一冊だと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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