残映
幼稚園のグランド。
「たっち!」
「あ、ずるい!まて~」
「つかまらないよ~へぇ~だ」
「こっち、こっち」
「たっちぃ!」
「え?!」
「おにかわったんだよ~だ」
「そっちもずるっけ」
「はい!
ここはあんぜんちたいだから、
はいっちゃダメなんですぅ」
「あんぜんちたいは10びょうしか、
いてだめなんですぅ。
1234567…」
「は~や~い~!
ちゃんと10びょう、かぞえてください」
「い~ち、にぃ~、さ~ん、しぃ~、
ご~」
「にげて~!」
【……」
【……」
【……」
【……」
【……」
子供の背丈ほどの草が、
生い茂ってる。
そこに、
色の剥がれて錆びついた遊具が、
顔を出し息継ぎをしている。
最期の時を待つように。
その奥には見慣れない白い箱がひとつ。
「せんせい、これなあに?」
「これ?これは昔の道具」
「どうぐ?」
「百葉箱ってう言うんだって」
「しゃくしょうばこ?」
「一、十、百の百葉箱。
昔はこれで気温を測ってたんだって」
「きおんってなあに?」
「気温ってお外の温度のことよ。
今、寒いか暑いかがわかるの」
「ひなもわかるよ。いまはあつい」
「そう。それがこの百葉箱にもわかるの」
「ひゃくひょうばこ、おりこうさん?」
「そう、ひなちゃんも百葉箱もおりこうさん」
「おりこうおりこう」
「でもこれはもう動いてないの。
園長先生がね、
上についてる風見鶏が可愛いからって、
小学校で捨てられそうになった箱を、
もらってきてくれたの」
「かぜみどり?」
「この上についてる、この鳥さん」
「なかないにわとりさん」
「そうね、鶏なのにね。
園長先生がみんなが喜ぶからって。
ひなちゃん鶏さん好き?」
「すき!」
「私も好きよ。
箱の中は何もないから、
花壇の肥料が入ってるだけだけど…」
「……」
「でもね!この鶏さんは、
風がどこから吹いてるか、
わかるんだよ」
「そうなの?」
「いつもグルグル回ってるでしょ?」
「まわってる!ぐりんぐるんぐりんぐりん」
「あれは風の向きが変わってるの」
「かぜ、たくさんあつまってるの?」
「そうよ」
「ちょうど高台だから、
お山の方から下の川の方へ。
だいたいグランドのみんなの方を見てるね」
「うん。
ときどき、にわとりさんみえなくなっちゃう」
「そうね。こっち見てると、
ただの板になっちゃうからね。
いつもみんなのこと見守ってるんだよ」
「じゃあ、ありがございますだね」
「…ありがとうございます…だね」
隅にある百葉箱。
白が落ち灰色になっている。
その上にはあの風見鶏が立っている。
幼稚園の閉められた門の前に5人の人影。
「明日ですね」
「そうですね」
「思い出消えちゃう」
「ここのあるのが当たり前だと思ってた」
「寂しぃ…心の中だけの風景になっちゃうの…」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
キーコ
キーコ
キーコ
「鳴いてる。先生鳴いてる」
「…鳴いてるね」
「にわとりさん、鳴いてる」
「ないて……」
「こっち向いて鳴いてる…」
「……そ…そうね」
「先生」
「…はい」
「ありがとうございますだね」
「ありがとう…ございました」
キーコ
キーコ
キーコ