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ダイアナ-ウィン-ジョーンズ論②
【まずは『九年目の魔法』を楽しむための超重要な要素である、「詩人トーマス」と「タム・リン」に関してのまとめです】
Ⅰ.伝承 ~NOWHERE~ 前編
“It(Tam Lin)is one that’s always haunted me, but then a lot of ballads are very haunting.”
Peter Lang Pub Inc , 2002, p.171,
冒頭にも掲げたが、ジョーンズの作品には伝承や神話、詩、といったモチーフが頻繁に使われている。
例えば『魔法使いハウルと火の悪魔』(Howl’s Moving Castle)では、ジョン・ダンの詩が魔女からハウルへ与えられた呪いとして重要な役割を果たす。
『バビロンまでは何マイル』(Deep Secret)では、英国の伝承童謡のひとつであるHow many miles to Babylonの詩が世界を行き来するときの鍵となり、『バウンダーズ―この世で最も邪悪なゲーム』(The Homeward Bounders)には神話の登場人物であるプロメテウスが表れ、
『わたしが幽霊だった時』(The time of the ghost)では北アイルランド神話の戦いの神であるモニガンが、得体の知れない逆らえない存在として主人公に立ちはだかる。
1.『九年目の魔法』と二つのバラッド
『九年目の魔法』でもこういった伝承の役割はきわめて大きなものである。これらの伝承が、トーマス・リンとポーリィに降りかかった事態の要因となるのだ。
“Thomas Rhymer”に“Tam Lin”
各章の冒頭には、このうちどちらかの一節が必ず載せられている。
章冒頭の一節と共に、本文中にもポーリィの語りを使ってこれらのストーリーに触れている部分はみられるが、それだけでは日本人である私たちにはいささか説明足らずかも知れない。
伝承を使っていることが「一味違うファンタジー」にどう繋がるのかは暫く置いておくこととして、まずはその内容を補足しながら、物語中でこれら伝承がどのように扱われているのか整理してみよう。
“Thomas Rhymer”
“Thomas Rhymer”は「Thomas Rhymer of Erceldoune」という名で知られている13世紀に実在した伝説上の人物をバラッドにしたものだ。彼には予言者としての能力があったと言われており、その名声は19世紀まで続いたという。この伝承はもちろんチャイルド版のバラッド集にも収録されているし、キーツやキプリングもこれに影響されたバラッド詩を書いている。『九年目の魔法』に載せられたテキストの原型となっているのは“Tam Lin”ともども、オックスフォード版バラッド集のものである。
伝承の内容はこうだ。
竪琴弾きであったトーマスは妖精の女王の誘惑によって彼女に口づけしたことから妖精の国へと連れて行かれ、そこで七年間を彼女の愛人として過ごすこととなる。トーマスは、喋った事が全て本当になる「常に真実だけを語る力」を贈り物として与えられ、妖精の国では話すことが禁じられる。そしてトーマスが女王の白い馬に乗り川を越え、三つの道を見て妖精の国へ行くと、地上の者は七年間、彼の姿を見なかったという。
これ以降の部分はオックスフォード版には収録されていないが、版によっては七年間ここで過ごしたトーマスはその後人間の世界に戻り、その最期に再び女王の元へと連れ去られる、と言う部分が付け足されている。
『九年目の魔法』でこの伝承が元となっているのは、もちろんこの妖精の女王(だと思われるローレル)にトーマスなる若い男が連れ去られる部分である。またトーマス・リンのでっちあげた話が本当になるのは、詩人トーマスが与えられたものと同じ「常に真実だけを語る力」が要因であると考えられる。
ポーリィは、トーマス・リン自身が、以下に挙げるタム・リンよりも詩人トーマスに似ていると考えている。
名前の相似にもかかわらず、トーマス・リンが本当に似ているのは詩人トーマス。トーマス・リンも戻されてきた。贈り物を与えられて。
トーマス・リンは、この詩人トーマスと同様の力を与えられ、一度はこちらの<Now here>の世界に戻ってきているのだ。
しかしトーマスが再び捕らえられたのに対して、逃げのびたのはタム・リンの方だった。
“Tam Lin”
“Tam Lin”は、古くよりヨーロッパ各地に残っている似たような伝承のひとつであり、若い男が妖精の女王に連れ去られる点では“Thomas Rhymer”と類似している。
伝承の内容はこうだ。
カーターホーの森には若きタム・リンが表れ、金の指輪か緑のマント、もしくは乙女の処女を奪うとされていた。
あるとき勝気な娘ジャネットはカーターホーへ赴くと、タム・リンと出会い彼の子どもをお腹に宿す。しかしタム・リンは妖精の女王に捉えられており、七年に一度の地獄への生贄に選ばれた身だった。彼はジャネットに、万聖節前夜(ハロウィン)には妖精たちと共にでかけるのでマイルズクロス十字で待つように、そこで自分を白い馬から引きずりおろし、その姿が何に変わろうともしっかりつかんでおくように、と伝える。
ジャネットはその通りに実行し、タム・リンを救い出すという話である。
各地に伝わる類似の話の多くはタム・リンのバラッドとは異なり、人間の男性が女性を連れ戻すものであり、取り戻す側が妖精の恐ろしさにくじけて、奪還に失敗してしまうものもあるという。
『九年目の魔法』では、ポーリィの家族や友人といった現実と関わるストーリーと平行して、これら伝承の筋を辿るように、魔法と関わるストーリーが展開する。
ポーリィ自身が後に気が付いているように、トムという名前はイギリス北部ではタムと呼ばれる。Tom (Thomas) Lynn=Tam Linというわけだ。
ハロウィンに行われていたハンズドン館のお葬式に紛れ込んだポーリィはトーマス・リンと出逢う。二人は<どこでもないところの物語>を一緒に作り出すことで仲良くなり、ここで作り出された物語は「常に真実だけを語る力」のために現実化する。
タム・リンにジャネットがいたように、ポーリィこそが自分の救い手になると感じたトーマス・リンは、彼女の想像力でもって何とか現代の妖精の女王であるローレルに対抗しようとする。
そこで、自分がローレルに捉えられており九年後に地獄への貢物に選ばれそうな身であることを示すヒントとして送ったのが、幾つもの本であった。
しかし九年目に至る前、たったの五年目で、ポーリィはローレルによってトーマス・リンとその周囲の記憶を消されてしまう。
その四年後、ポーリィは再び現代のトーマスのことを思い出し、二つの古いトーマスとその関わりを知る。そしてジャネットのようにトーマス・リンを救うべく立ち上がるのだ。
【次の章では、九年目の魔法の中に現れるこの二つ以外の伝承について、そしてたくさんの伝承をジョーンズは物語中でどのように扱っているのか?について考えております】