見出し画像

引き寄せの法則は科学的に実証できる?<前編>ーー東大出身の理学博士が素朴で難しい問いを物理の言葉で語るエッセイ「ミクロコスモスより」㉞

こちらは第8回で紹介した、「引き寄せの法則を数式であらわすと?」をもとに、引き寄せの法則を別のアプローチから前後編2回にわたって検証していきます。


引き寄せの法則


巷でかつて話題になった、「引き寄せの法則」というものがあります。
ポジティブなことを考えているとそれが現実になるといった趣旨の思想で、ポジティブシンキングを心掛けることの重要性を説く考え方です。
これを日々の心がけとして留めておくのは立派なことですが、問題は、これがあたかも科学的に実証された自然現象であるかのように説く場合が見られることです※1

※1 まれに、量子力学と引き寄せの法則を絡めてあたかも二つが関連するかのように解説する記事も見られますが、内容は単にそれぞれを説明しているだけで関連性を論証できている例は見たことがありません。

自然科学の「法則」という言葉

「法則」というキーワードを目にすると、いわゆる自然科学における「法則」を思い浮かべるために、このような言説が生まれるのかもしれません。
自然科学の「法則」と言えば、例えば「万有引力の法則」があります。質量のある物体同士には必ず距離の二乗に反比例する引力が働くというもので、観測事実から明らかになったものです。
では、自然科学における「法則」を、科学的に実証するとはどういうことを意味するのでしょうか?

自然科学における「法則」を、科学的に実証するとは?

自然科学では、数学の論理に則って自然現象に見られる規則性を言語化します。そして、実験や観測を通して、その規則性に因果関係を見出します。より正確に表現すれば、「因果関係の有無を評価」します。の過程で、どう頑張っても因果関係を議論できない、事実として認める以外にどうしようもない規則性に到達します。
リンゴや天体を眺めていれば万有引力の法則を見つけることができるかもしれませんが、万有引力の法則がなぜ成り立つか(なぜ質量を持つ物体同士に引力が働くか)の理由を見出すことはできません。その意味で、万有引力の法則は「なぜ成り立つかは分からないが、とにかく正しいと認めることにする規則性」なのです※2

※2 現在では一般相対性理論に基づく重力場の理論が構築され、ニュートンが提唱した万有引力の法則に頼らなくても万有引力という現象を扱うことができますが、これはあくまで「質量のある物体同士には引力が働く」という「法則」を、「物理法則は任意の運動をする座標系に移っても同じ形式で成り立つ」という「原理」に置き換えることでより広範囲の現象を一つの理論の枠組みで取り扱えるようにしたのであり、ニュートンの万有引力の法則を反証したわけでも理論的に証明したわけでもありません。

自然科学おいて「法則」や「原理」と呼ばれるものは全てこれと同様です。これまでの観測や実験を通じて、一度も矛盾したことが無いので、間違っているとする理由が無いのです。逆に、一度でも矛盾する現象が発見されれば、それまで「法則」や「原理」だと思われたものも、修正せざるを得ません※3

※3 最も有名な例は、特殊相対性理論の基本柱のひとつである「光速度不変性の原理」が提唱されるきっかけになった、「マイケルソン・モーリーの実験」でしょう。
地球上で直交する2つの方向(例えば東西と南北)で光の進む速さが一致することを示したこの実験で、光の速さは誰がどう観測しても同じであることが分かりました。
走行中の電車内で、進行方向に向かって歩く場合と逆方向に向かって歩く場合で地面に対する相対速度が異なることと比べると、一見奇妙な結果のように感じられるかもしれません。

「引き寄せの法則」は、「法則」といえるのか

では、「引き寄せの法則」は、果たして「法則」という名にふさわしいのでしょうか?
人間が考えていること(物質還元主義的にいえば、脳内の電気信号)と、その人間に起こる出来事(例えば競馬で競走馬の筋肉が疲労しておらず、その馬に賭けた人が大当たりしてお金持ちになる)に因果関係が生じるということは、科学的な理論もなく、観測でもきわめて多くの回数にわたって反証されています※4

※4 ソファーに寝転んでお菓子を食べながら「ああ、お金持ちになりたいなぁ」と思っていて、実際にお金持ちになれた人が今までいたでしょうか。

既に矛盾が知られているものを「法則」や「原理」として認めることは無理があります。したがって、「引き寄せの法則」を科学的に実証することはおろか、そもそも科学的でなくても正しさを全面的に認めることはできないというのは、誰もが経験事実として知っているはずのことなのです。



でも、「(必ず成り立つ)引き寄せの法則」を作ることは出来る
<後編>につづく


プロフィール
小澤直也(おざわ・なおや)

1995年生まれ。博士(理学)。
東京大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。
現在も、とある研究室で研究を続ける。

7歳よりピアノを習い始め、現在も趣味として継続中。主にクラシック(古典派)や現代曲に興味があり、最近は作曲にも取り組む。


この連載を最初から読む方はこちら

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集