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量子計算ってなに?(量子計算機・量子コンピュータってなに?)ーー東大出身の理学博士が素朴で難しい問いを物理の言葉で語るエッセイ「ミクロコスモスより」㉚

「量子コンピュータ※1」という単語が一般に知れ渡ったのはここ10年程度のこと。IT各社がこぞって量子コンピュータ開発に乗り出し、様々な手法での量子計算の実装が研究されています。大学院で物理を研究しようと志す学生も、人工知能や量子計算といったワードに注目する傾向が多いようです。
しかし、実際のところ量子コンピュータが何なのかを知っている人は限られるのではないでしょうか※2。それを知るために、現在一般家庭に普及しているデジタルコンピューターのことを復習しておきましょう。


※1:「量子コンピュータ」と「量子計算機」は同じ意味ですが、ここでは一般向けのニュース等で使われる「量子コンピュータ」を使用します。
※2:初めに断っておきますが、私は量子コンピュータについてはまったくの素人です。詳細は専門書をご覧ください。


コンピューターとは、その名の通り計算機です。電圧のON/OFFの二値による演算をデジタル回路で組み合わせることで、複雑な論理演算や記憶を実装することができます。
この時、電圧のON/OFFの二値を取れる一つの「部分」のことを「ビット」と呼び、情報の基本単位になっています。
量子コンピュータは、この「ビット」を、量子力学的な二準位系※3である「キュビット」に置き換えるところから始まります。
ビットとキュビットの違いはただ一つ。ビットは、例えば電圧のON/OFFのどちらか一方の値しか各瞬間に取ることが出来ません。
一方、キュビットは、ON/OFFの「重ね合わせ」も許されるのです。重ね合わせは重要な概念なので、ここで紹介しておきます。

※3原子は飛び飛びのエネルギーしか取れません。この一つ一つのエネルギーの「梯子の段」のことを、「エネルギー準位」と呼びます。

量子力学では、原子には電子を詰められる「壺」があり、その中の「梯子」の各段に電子が詰まっていきます(図1)。それぞれの帯に入れる電子の個数は限られており、しかも平時は最下層の帯から順に電子が埋まっているため、「電子がぎっしり詰まっている帯」と「電子が全然いない帯」が生じます。

「電子がぎっしり詰まっている帯」では、満員電車のように電子は身動きを取ることが出来ません。一方「電子が全然いない帯」では、電子が自由に動き回ることができ、これらが電流の担い手となり得る電子です。
この「帯」の構造は物質により異なります。物によっては「電子が全然いない帯」を持つ物があり、これが導体の正体です。逆に不導体は「電子が全然いない帯」を持たないため、「電子がぎっしり詰まっている帯」にいる電子にエネルギーを与えて上の帯へ移さなければ電流は流れません。
このとき、与える必要のあるエネルギーの大きさ、すなわち「電子が全然いない帯」と「電子がぎっしり詰まっている帯」との間の間隔が小さければ、導体と不導体との中間の性質を示すと期待されます。これが半導体の正体であり、シリコンやゲルマニウム、さらには絶妙な「帯」の構造を持たせた様々な人工化合物によって製造されるようになりました。

「二準位系」とは、このエネルギー準位が2つしか存在しない、仮想的な原子のようなものだと思ってください。実際の原子は、ほぼ無限にたくさんのエネルギー準位を持ちますが、うまい方法を使えば近似的に二準位系と見なせるような系を作ることもできます。

図1


重ね合わせとは


量子力学では、物理量(実験によって直接測定することができる量のこと)※4は「測定」という行為によってある値を取る、という考え方をします。
これは古典力学とは決定的に異なります※5。古典力学では、ボールを投げたときの軌跡は、誰もボールを見ていなくてもただ一つに定まっています。
一方、量子力学では、電子をスクリーンに向かって加速した時の軌跡は観測するまで定まらないのです※6

※4:物体の位置やエネルギーは物理量ですが、量子力学で出てくる波動関数や複素位相のようなものは物理量ではありません。
※5:このような書き方をすると、あたかも「古典」の世界と「量子」の世界があって、明確に分離しているかのように誤解されてしまうかもしれません。実際には、(物理的解釈をめぐっては議論の余地はあるものの)量子力学の枠組みは特定の条件を仮定すれば古典力学の枠組みに帰着させることができるため、古典力学のある種の一般化として量子力学を捉えるほうが自然でしょう。
※6:これをもっとも端的に表すのが、電子の二重スリット実験です。こちらのページで、非常に美しい結果が見られます:二重スリット実験:量子計測:研究開発:日立 (hitachi.co.jp)

二重スリット実験

さて、話を戻しましょう。
デジタルコンピュータではON/OFFの二値しか許されなかったのに対し、量子コンピュータではON/OFFの二値に加えて、ONとOFFの重ね合わせまで許されるという決定的な違いが意味するところは、デジタルコンピュータでは各ビットのONとOFFを切り替えながら計算を進めなければならなかったところを、量子コンピュータでは一度に両パターンの情報を持ててしまうため、たくさんのパターンをしらみつぶしに調べなければならない問題を効率的に解けるかもしれない、ということです。
このことから察せる通り、量子コンピュータは日々の家計簿や文章作りの手助けをしてくれるわけではありません※8。最も真価を発揮する課題は、大規模な量子力学計算が必要となる分野でしょう。

物理や化学、さらにはその応用として材料開発や創薬などの分野において、物質の性質を調べるための大規模な量子力学計算が必要になる場面があります。その時、問題が複雑になればなるほど計算する手順が多くなり時間がかかってしまいます。量子コンピューターを応用して計算が可能な範囲が広がれば、さらに新規の材料や薬の開発が発展するかもしれません。
私たちの手元に届く日はまだまだ先ですが、量子コンピューターの研究が今後どこまで進むのか楽しみに見守っていましょう。


プロフィール
小澤直也(おざわ・なおや)

1995年生まれ。博士(理学)。
東京大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。
現在も、とある研究室で研究を続ける。

7歳よりピアノを習い始め、現在も趣味として継続中。主にクラシック(古典派)や現代曲に興味があり、最近は作曲にも取り組む。

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