見出し画像

半導体には量子力学が詰まっているーー東大出身の理学博士が素朴で難しい問いを物理の言葉で語るエッセイ「ミクロコスモスより」㊷&🌟🌟告知🌟🌟


半導体とは


誰もが電気製品を所有する時代、昨今の半導体不足は一般家庭にとっても看過できない出来事でしょう。
そもそも「半導体」という単語は二つの意味合いで用いられており、高度な演算に必要な電子回路である「半導体素子」を指す使い方が一般的ですが、本来はその半導体素子を形作っている素材のことを言います。

「半導体」はその名の通り、「導体」(電気を通す物体)と「不導体」(電気を通さない物体)の中間の性質を示すもののことを呼びます。
導体に電圧を掛けると必ずその大きさに比例した電流が流れるオームの法則が知られている一方、半導体においては電圧と電流は必ずしも比例しません。
最も一般的な半導体である pn 接合ダイオードの場合は、ある方向に電圧を掛けていくと始めは何も起こらず、ある閾値を超えると急に電流が流れ始めます。逆方向に電圧を掛けた場合はさらに電流が流れにくく、ある閾値(境界値)を超えると半導体が破壊されてしまいます。

半導体と量子力学の関係

さて、半導体は量子力学が活躍する場面としてよく例えに出されますが、そもそもなぜ物体が導体になったり不導体になったりするのか、という所から、量子力学は重要なのです。
これを理解するためには、物体の中身がどうなっているかを原子レベルで考える必要があります。

金属をはじめとする導体の内部では、原子同士が結合する時にいくつかの電子が余分になるため、それらが「伝導電子」として導体中を自由に動き回る事が出来るようになります。
この伝導電子が一方向に流れるように“坂道”を作るのが「電圧」、その結果生じる電子の流れが「電流」です。

半導体や不導体になると、電子が自由に動き回ることが出来なくなるために、電気伝導性(電気の通しやすさ)が失われていきます。
では、「電子がどれくらい動き回りやすいか」が、なぜ物質によって変わるのでしょうか。
そのカギを握るのが、「電子が飛び飛びのエネルギーしか取れない」という量子力学の基本的な性質です。


「電子が飛び飛びのエネルギーしか取れない」


原子は、プラスの電気を帯びた原子核の周りにマイナスの電気を帯びた電子が漂うことで成り立っています。
このことは、今では当たり前のように学校で習うことですが、20世紀初頭には非常に不可解な描像(現象や概念をわかりやすくイメージ化したもの)だと考えられていました。
直感的には、原子核と電子の間には電気的な引力が働き、放っておくとそのまま衝突してしまうはずです。
月が地球の周りを回ることで衝突しないのと同様に、電子が原子核の周りをぐるぐると回っているという描像(太陽系型原子モデル)も考えられましたが、その場合でも制動放射※1によってやはり電子は運動エネルギーを失い原子核に引き寄せられて行ってしまいます。


この謎を解決したのが「電子が飛び飛びのエネルギーしか取れない」という量子力学の考え方です。太陽系型原子モデルでは電子の運動エネルギーは周回運動の半径に対応し、自由な値が取れます。量子力学では、原子には電子を詰められる「壺」があり、その中の「梯子」※2の各段に電子が詰まっていきます(図1)。これを「殻構造」と呼ぶこともあります。

固体中では原子が規則正しく並んでいるため、この梯子の格段は幅の広い「帯」※3へと変化します。
それぞれの帯に入れる電子の個数は限られており、しかも平時は最下層の帯から順に電子が埋まっているため、「電子がぎっしり詰まっている帯」と「電子が全然いない帯」が生じます。
「電子がぎっしり詰まっている帯」では、満員電車のように電子は身動きを取ることが出来ません。一方「電子が全然いない帯」では、電子が自由に動き回ることができ、これらが電流の担い手となり得る電子です。

さて、この「帯」の構造は物質により異なります。物によっては「電子が全然いない帯」を持つ物があり、これが導体の正体です。逆に不導体は「電子が全然いない帯」を持たないため、「電子がぎっしり詰まっている帯」にいる電子にエネルギーを与えて上の帯へ移さなければ電流は流れません。

このとき、与える必要のあるエネルギーの大きさ、すなわち「電子が全然いない帯」と「電子がぎっしり詰まっている帯」との間の間隔が小さければ、導体と不導体との中間の性質を示すと期待されます。これが半導体の正体であり、シリコンやゲルマニウム、さらには絶妙な「帯」の構造を持たせた様々な人工化合物によって製造されるようになりました。

物理学は、その抽象性ゆえに机上の空論のように思われることが多いですが、皆さんの手の中でも確かに脈動しているのです。


※1 制動放射:電気を帯びた粒子が電気的・磁気的な力によって加速・減速されたときに放出される電磁波。
※2「壺」や「梯子」はそれぞれ、より正確には「クーロンポテンシャル」、「電子殻」と呼ばれるものです。
※3これを「バンド構造」と呼びます。原子が複数ある場合、本来存在していた「梯子」の格段はその数だけ(少しずつズレながら)重複して存在することになります。
固体中には原子が無数に存在するため、もはや一つ一つの「梯子」の段を見分けることができず「帯」のようになることから、このような状況が生じます。

プロフィール
小澤直也(おざわ・なおや)

1995年生まれ。博士(理学)。
東京大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。
現在も、とある研究室で研究を続ける。

7歳よりピアノを習い始め、現在も趣味として継続中。主にクラシック(古典派)や現代曲に興味があり、最近は作曲にも取り組む。

この連載を最初から読む方はこちら


🌟🌟告知🌟🌟
本連載が本になります📚

11/26発売です🌙

『美しい物理の小宇宙 29歳の東大理学博士が語る、日常の世界から原子核まで29の物語』小澤直也(著)


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集