タイムワープは理論的に可能なの?ーー東大出身の理学博士が素朴で難しい問いを物理の言葉で語るエッセイ「ミクロコスモスより」㊵
先生:相対性理論を使えば、未来へ行くことは出来ますよね。
生徒:異なる速度で運動する時計同士はズレるというものですよね。
先生:東京からリニアモーターカーに乗れば、1010分の1秒だけ未来の大阪に遊びに行けますよ。
生徒:そういうことなのかなぁ......。
先生:もっと未来に行きたいのなら、もっと速く動けばいいだけですよ。光の速度に近づけば近づくほど、どんどん時間のずれは大きくなっていきますからね。
生徒:時間移動で需要があるのって、むしろ過去の方じゃないですかね。そっちはどうなんですか?
先生:時間遡行が可能かどうかは、まだ誰も知らないでしょうね。
そもそも因果関係がめちゃくちゃになってしまう可能性があるので、原理的に可能なのかもよく分からない話ですよね。
生徒:でも、「時間的閉曲線」とか、そういう研究もありますよね?夢が広がるなぁ……。
先生:しかし、タイムワープが出来るようになったとして、本当に過去や未来に行きたいと思いますか? 過去が魅力的に見えるのは「もう戻れない」と分かっているからですし、未来が魅力的に見えるのは「現在よりも良いことがあるかもしれない」という希望的観測に基づくので、実際に行けたとしても期待通りにはならないと思いますよ。
生徒:なんでそんな夢のないこと言うんですか!
【ここから解説編】
物理研究における過去へのタイムワープについて
「原理的に可能なのかもよく分からない」という言葉には、複数の意味合いがあります。
まず、われわれは映画やアニメでタイムワープの概念にはなじんでいるつもりになっていますが、これは他人がタイムワープするから特に不自然に思うことはありません。
ところが、自分がタイムワープして過去や未来に行くことを考えると、過去・現在・未来をどう定義するのでしょうか。「私」(この世を認識している、一人称的な自己)が経験している時空間は、いわゆる「いま・ここ」のみです。逆に言えば、自分が認識している時間が常に「現在」です。浦島太郎が竜宮城から帰ってきて、何十年も時間が経ったことに気づいても、本人はあくまで本人にとっての「現在」を生きていると認識するでしょう。
あなたがデロリアンに乗って1955年のカリフォルニアに降り立ったとしても、あなたにとってデロリアンに乗り込んだのは紛れもなく「過去」の出来事であり、1955年のカリフォルニアの空気を吸い込んだ瞬間は紛れもなく「現在」の出来事です。
これを踏まえて、あなたがタイムワープしたい先が、「あなたの祖父にとっての過去」だとしましょう。あなたの祖父が祖母と出会う前に、あなたがちょっとした手違いで祖父を殺めてしまったとします。すると、当然あなた自身が生まれることはありえなくなってしまいます。これが有名な祖父殺しのパラドックスですが、まだ抜け道はあります。
あなたが降り立った先では、あなた自身が永遠に存在しないため、過去にタイムワープして祖父を殺めてしまう人物も存在しません。すると、祖父がその理由で亡くなることもあり得ません。そしてあなたの祖母と出会い、あなたが生まれます。このように、メビウスの輪のように、2つの世界線が交錯すれば矛盾は解消されます※1。
宇宙の時空構造でタイムワープが許されるのか
そして最後に残るのが、この宇宙の時空構造でタイムワープが許されるのか、という問題です。われわれの生きる時空は、局所的には特殊相対性理論に則っていると考えられています。この世でもっとも速いものが光であり、それによって因果律が規定されます。
「いま・ここ」で発された光がある時間で届き得る距離は、横軸を空間、縦軸を時間とすると、円錐状に広がっていきます。また、「いま・ここ」で観測される光が発せられた位置も、円錐状に広がっています。これを表したものが、光円錐です。
「いま・ここ」での出来事と因果関係を持ちうる事象は、すべてこの光円錐の内側にあり、光の速さを超えた情報伝達ができない限り、その外側とつながることはできません。
もしわれわれの住む時空が完全に平坦であれば、どの時空間においても同じ光円錐が描かれ、過去と未来が交わることは絶対にありません。
ところが、一般相対性理論によれば、重力によって時空間は曲がるため、この光円錐が場所によって傾くことになります。この傾きが徐々に増していって、やがて一つながりの輪になったとき、未来と過去がつながることになります。このような「時間的閉曲線」は、アインシュタイン方程式の解としては許されていることが知られています※2。
Stephen Hawking博士は、量子力学の効果を取り入れると、このような時間的閉曲線はエネルギー密度を無限大まで発散させるため、実現しないだろうと予言しています※3。
たとえ巨視的な(人間が体験できる程度の)タイムワープが困難だったとしても、局所的な時間遡行は本当に不可能なのでしょうか?
重力場によって空間が歪み光の進行方向が変化するのと同様に、強い光は重力場を生み出すことができます。この効果を利用して、周回する強い光によって回転する重力場を作り出し、時間的閉曲線を作れるのではないかと予言したのが、Ronald Mallett博士※4です。
この原理で装置が作られたとして、結局装置が稼働開始した瞬間までしか遡れないため、一般的な意味での過去へのタイムワープとは異なりますが、ブラックホールまでわざわざ出向かなくても時間遡行をする方法論を編み出した点では画期的です。
現在では、タイムワープを目的としてではなく、強い光が重力場を生み出すことを実証するための研究として行われています。これは、素粒子物理学や宇宙物理学の標準的な理論が確立されてきたいま、それらを統合する量子重力理論につながるヒントを得られるかもしれないという淡い期待も含まれていることでしょう。
プロフィール
小澤直也(おざわ・なおや)
1995年生まれ。博士(理学)。
東京大学理学部物理学科卒業、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。
現在も、とある研究室で研究を続ける。
7歳よりピアノを習い始め、現在も趣味として継続中。主にクラシック(古典派)や現代曲に興味があり、最近は作曲にも取り組む。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?