中央官庁から恫喝された記事こそ本物の証…のはず
不肖さん、あなたが記事で名指しした教授に名誉棄損で訴えられたら、あなたは負けるよ――。
その時、不肖は白いテーブルを挟んで某中央官庁の官僚5人と対峙していた。前日と当日に掲載した連載記事が発端となり、呼び出しを食らったからだ。某中央官庁が行った原発敷地の断層評価のやり方に疑念を挟み、糾弾した内容。記事に登場させた人物たちから直接話を聞こうとしたが取材しにくかったので、その周辺にいる関係者から集めた情報で記事を構成したのだ。
3.11後に原子力安全保安院(当時)は、全国の原発敷地で活断層に関する再評価を実施。建設時に残された断層のスケッチ図などの資料に基づいて評価し、6カ所の原発敷地に活断層があるのでは?との疑いをかけた。
その評価結果を某中央官庁は受け継ぎ、何人かの地形学者や地質学者らを選んで再調査に乗り出した。公平な形で人選したとの説明を受けたが、選ばれた学者センセイの何人かは反原発色の濃い人物。恣意的な人選ではないかと不肖は疑り、取材することを決めたのだ。
進めていくと案の定、きな臭い話が出るわ出るわ…。人選方法は某中央官庁が決めたのだが、裏で糸を引く人物がいたとの疑惑も沸いた。その人物にメールで取材を申し込んだが多忙を理由に断られた。だが某中央官庁の人選方法については「妥当なものだ」との回答を得た。人選方法の検討に関わっていなければ、良し悪しの判断は示さないはず。「妥当」と言うからには何らかの関係があるはずだ…。
〝黒幕〟と目される人物と、人選方法を決めた某中央官庁幹部が研究仲間だと思われる証拠も得た。断定はできないものの、取材で得られた情報をつなぎ合わせると1つのストーリーが出来上がった。調査結果を科学的に判断せず、恣意的な判断にすり替えて原発のいくつかを廃炉に導こうとしているのではないか…との流れだ。
連載記事は読者から絶賛大好評だった。電話やメールで激励を受けたり、心配されたりした。中央官庁を糾弾する記事を書くと、とんでもないしっぺ返しを食らうこともあるからだ。連載記事を掲載するに当たり、不肖は細心の注意を払った。事実無根だ!と訴えることができないような書きぶりにしたり、憶測を抜け出せない部分もあるから断定的な表現は避けるようにした。
同時に名誉棄損で訴訟を受けた場合も想定して調べてみた。敗訴しても罰金は50万円。かなり痛いが、払えなくもない。それだけのリスクを冒してでも報じる価値がある。いや、ジャーナリストの端くれとして、この案件は絶対に報じないといけない。そのような使命感を持ち、署名入りで連載を載せた。
勇んで連載を書き終えたものの、実際に呼び出しの連絡を受けたときは正直ビビった。当時の上司に電話をかけても出ない。対応策を固める時間もなく、意を決して中央官庁に出向いた。
対峙したのは某中央官庁幹部ら。連載記事を掲載した理由などを答え、あれこれとやり取りした。その中で冒頭に掲げた「あなた負けるよ」と、恫喝とも受け取れる発言があったわけだ。不肖も終始ビビりまくっていたわけではない。「(記者会見に)出入り禁止にするぞ!」と凄まれたときは「出禁にするなら、その理由を会見でしっかり説明してくれよ」などとも反論。5対1で論戦した時間は15分かそこらだと思うが、えらく長い時間に感じられた。
某中央官庁のビルを出て、再び上司に電話。やはり出ない。もともと所属先の会社は守ってくれないだろうと想定していたが、実際にそうなると体の奥底から孤立感が湧きあがってきた。いささかの恐怖心も感じた。覚悟を決めたはずなのに、自分はこんなに弱いのか…と己を見つめ直し、情けなくなった。
そのような状況であっても〝捨てる神あれば拾う神あり〟。数日後に仕事で関係のあった某社広報課長に相談すると、「あなたにはいつも助けられている。大丈夫です。もしも訴えてきたなら、当社の法務部門が全面的にバックアップします」との言葉を掛けてくれたからだ。
一人ぼっちではない。味方がいる。そう思えた時、孤立感やプチ恐怖感のようなものは一気に削ぎ落ちた。何事も真剣に取り組んでいれば、その姿を見てくれている人は必ずいる。窮地に陥ったときは、その人たちが手を差し伸べてくれる。連載記事を通して、そういった人間関係や義理人情のようなことも学べた気がした。
結局、訴訟を起こされることはなかった。対峙した某中央官庁の人たちともわだかまりは残らなかった。
今回の話は6年前に経験したもの。懐かしい思い出だ。その後、対峙した某中央官庁幹部は出世して事務次官に昇りついた。やり合った仲だけど、よく知っている人が官僚のトップになったと聞いて嬉しく感じた。懐かしさを覚えたので対峙した場面に居合わせた人にメールを送り、素直な感想を伝えた。
先方からは当時を懐かしむことや近況をまとめた丁重なメールを頂いた。「不肖さんは元気かな?」と事務次官になった方も話題にしているとのエピソードも綴ってあった。
このように文章を打ち込んでいて、ふっと思いついたことがある。お互いが真剣に戦えば、ラグビーではなくても「ノーサイド」の精神は生きているのかもしれないことを。
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昨日に若手記者2人と新橋で飲んでいたとき、「note」というサービスがあることを聞いた。記者職を外れて数年が経ち、自らの想いを発表できる場を欲していたので始めてみることにした。何を書こうか迷ったけど、せっかくだから自らが歩んだ記者人生の中で面白そうな話題を載せていくことにした。
興味深く読んでもらえたのか、読むだけ時間の無駄だと感じられたのかは分からない。ただ20年近く新聞記者の仕事をこなしてきて、様々な経験を積んだ。その中のいくつかを、この場を借りて紹介していきたいと思う。