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方位の進化。現代の羅針盤、サテライトコンパスᵀᴹ徹底解説。

フルノ公式note「海の音 - umi no oto -」で何度かお伝えしているメッセージがあります。
「ぜひ船を見かけたら、上の方でクルクル回っているレーダーにご注目ください!」
しかし、今日はもう少し目を凝らして見てもらいたいものがあります。
レーダーのさらに上の方に個性的な形をしたアンテナがありませんか?

よく見てください
ほら、面白い形をしていませんか?

手裏剣のような形だったり、サーフボードのような形だったり、不思議な形をしています。実はこの異なる2種類のアンテナは同じ製品、その名も"サテライトコンパスᵀᴹ "と言います。それが今回の主役です。

このサテライトコンパスの役割を簡単に言うと、GPS衛星からの信号を利用して、船の方位を計算しています。
だからサテライト(=衛星)コンパスという名前なんですね。

現在はGPSだけでなく、Galileo、GLONASS、そして日本の"みちびき"など様々な衛星測位システムを利用できます。これらの衛星システムを総称してGNSSと呼びます。

サテライトコンパスᵀᴹ SC-70/130
(サテライトコンパスは古野電気の登録商標です)

コンパスの歴史は1700年前?
人類の発展とともに進化してきました

サテライトコンパスのお話をする前に、少しコンパスの歴史を振り返ってみたいと思います。
コンパスの元祖は3世紀ごろの中国で生まれた「指南魚しなんぎょ」だと言われています。これは魚を形どった木材に磁石を埋め込み、水に浮かべたもので、常に魚の頭が南を向く仕組みになっていたことから「指南魚」と呼ばれていたそうです。
このように磁石のN極が北を、S極が南を指すことを皆さんも子供の頃、理科の授業で習ったと思います。方角を知るために欠かせない「コンパス」の多くにはこの原理が使われています。

指南魚のイメージ

この指南魚がヨーロッパに伝わり、木材から磁針に変わるなど改良されたものが「西洋式羅針盤=磁気コンパス」です。当初は指南魚のように磁針を水に浮かべたものでしたが、波に揺れる船上でも使えるように吊り下げ式が発明されました。こうして生まれた磁気コンパスは大航海時代を支える偉大な発明品となりました。

磁気コンパスのイメージ

しかし、19世紀になると磁気コンパスの欠点が露わになります。
19世紀ごろから船の材質は木材から鉄などの金属製に変わり始めていました。すると磁石でできた磁気コンパスは船体の影響を受け、正しい方位を示すことができなくなりました。

そんな欠点を解消するために誕生した新しいコンパスは地球ゴマの原理を利用した「ジャイロコンパス」というもの。磁力を使わないジャイロコンパスの登場により周囲の磁気の影響や船の揺れなどの影響を受けずに常に真北を示すことができるようになりました。

地球ゴマ:物体が自転運動をすると、外から力を加えられない限り、その自転軸の方向を変えず、また回転速度が速いほどその特性は強まる」という「ジャイロ効果」を応用したもの

ジャイロコンパス

サテライトコンパスはなぜ誕生したのか?
GPSの運用の誕生

では船舶用コンパスにはジャイロコンパスで十分だと思われるかも知れません。しかしジャイロコンパスにも欠点はあります。
それは
・高価であること
・定期的なメンテナンスが必要であること
・正しい方位を出すまでの時間が必要なこと(一昔前は数時間必要)
そのため装備義務がある大型船以外ではあまり普及しておらず、依然磁気コンパスが主流となっていました。

そんな中1994年に転機がありました。それはアメリカで衛星航法システム GPSの完全運用がスタートしたということ。これにより世界中の海のどこでも自船の位置を計測できるようになり、合わせてフルノの研究所でもGPS航法装置の開発が進められました。さらに「GPSで位置情報を算出する技術を応用すれば船の方位もわかる」ということで早期からGPSコンパスの研究が行われていたようです。

ここでなぜ方位がわかるかを簡単に解説すると
『複数のGPSアンテナの相対的位置関係(ベクトル)をGPS衛星からの電波を用いて算出する。基準となるアンテナに対して各アンテナの方向を高精度で求めることで真北を基準とした船首方位を計測する』となります。

補足:衛星からの情報には「衛星の軌道情報=今、衛星が地球の周りのどこにいるか」が含まれています。またGPSによる位置情報から、船からみた衛星の方角や真北の方向を計算することができます。
そこに電波の位相差を足し合わせると、2つのアンテナを結ぶ線(基線長)がどれくらい衛星の方角や真北の方向からズレているかわかるため、最終的に船の方位がわかるというわけです。かなり難しいですね。

こうして2000年、フルノはサテライトコンパス SC-60/120を開発し、市場に投入しました。
特徴として
・ジャイロコンパスと比較して安価
・メンテナンスが不要
・短時間で正確な方位を出す (SC-60/120は4分ほどでした)
というジャイロコンパスの欠点を全て解消している新しいコンパスです。しかもその方位精度は±1° と、ジャイロコンパスと同程度の精度で、画期的な製品となりました。
こうして生まれたサテライトコンパスは現在、大型船だけでなく、漁船や小型のプレジャーボートまで世界中の幅広い船舶に搭載されています。

特徴的なカタチ
手裏剣やサーフボードの形の秘密

改めて不思議な形をしています

サテライトコンパスで方位を計算するには船の上に複数のアンテナが必要だと説明させていただきました。そこで手裏剣やサーフボードのような形を思い出してもらうと何か気づくことはないでしょうか。
そう、あの手裏剣の先の丸いところや、サーフボードの前後にはそれぞれGNSS信号を捉えるアンテナが設置されています。

手裏剣型のサテライトコンパスには3つの、サーフボード型には2つのアンテナが設置されている。

最低2つあれば方位を計算することができますが、数が増えれば船の傾き(ピッチ・ロール)を計算できたり、安定性を向上させるメリットがあります。そう考えるとあの不思議な形も合理的だと感じますね。

さらに、2021年には4つのアンテナをもつサテライトコンパス SCX-20/21が開発されました。

SCX-20/21
小型のサテライトコンパスとして開発された

SCX-20/21はお弁当箱サイズとコンパクトなのがウリのサテライトコンパス。その特徴を活かして船のポールや小さいデッキなど、従来設置できなかった場所にも取り付けられるようになりました。
小型船やバックアップ用コンパスとして重宝されています。

本来、アンテナ間の距離が短くなると精度が悪くなってしまうのですが、4つのアンテナで6つの基線を構成することで、高い精度を維持しています。
さらに衛星からの信号がレーダーアンテナや橋などの建造物に反射して多重伝搬するマルチパスによる悪影響も受けにくくなり、まさに次世代サテライトコンパスといったところ。本機種はアメリカでも高い評価を受けており、米国海洋電子機器協会のセンサー部門で2020年から2023年まで4年連続で部門賞を受賞しています。

4角に1つずつ、合計4つのアンテナが設置されている
SCX-20はBEST NMEA2000 SENSOR賞を4年連続で受賞!

方位を示すだけじゃない!船内のさまざまな航海計器を支える有能なセンサー!

サテライトコンパスによる正確な方位情報は自分の船の向きを示すだけではなく、他の様々な電子機器に恩恵を与えています。

まずはレーダーの"エコートレイル"機能。
この機能は移動するターゲットの動きをトラッキングし、周囲の船舶がどのような動きをしているかが一目で分かります。
しかし、不安定な方位をレーダーの基準にしていると、正しくトラッキングされていません。一方、精度の良いサテライトコンパスを利用すると、まっすぐトレイルが表示されているのがわかると思います。

左:不安定な方位を基準にしたときのエコートレイル、歪んでしまっていることがわかる
右:安定した方位を基準にしたときのエコートレイル、トレイルが真っ直ぐ表示

また、サテライトコンパスがもたらす恩恵は方位データだけではありません。それが"ヒーブ補正"と呼ばれる機能。

船は波によって上下に揺れると物理的に海底からの距離が変化するため、魚群探知機の映像では真っ直ぐな海底でも波打っているように映ってしまします。この波による上下動をヒーブと呼びます。

サテライトコンパスは衛星からの信号で方位だけでなく、高さも把握することができるため、波でどの程度上下しているか知ることができます。その情報を魚群探知機に渡してあげることで上下動による海底までの距離変化を打ち消す補正をかけるのがヒーブ補正です。

下の図ではヒーブ補正機能を使ったときに海底表示がどのように変わるか示したもの。OFFのときに波打った海底が正しく真っ直ぐ表示されていることがわかります。この機能により正しい海底の形がわかり、底付きの魚をしっかり狙うことができたり、底引き網を効率的に投網することができるのです。

ヒーブON/OFFで海底の上下が真っ直ぐになっていることがわかる
ヒーブ情報のほかにも船の傾きなども検知することができる

この他にもサテライトコンパスには様々な情報を取得することができます。方位の他にも位置、時刻、船速、ロール(横揺れ)・ピッチ(縦揺れ)・回転角速度・気温/気圧と実に多彩。サテライトコンパスはまさに万能センサーと言わせてもらっていいのではないでしょうか。

というわけで今回はサテライトコンパスを徹底解説させていただきました。これからはぜひ、海に行って船を見つけたら、サテライトコンパスにも注目してみてくださいね!

執筆 高津こうづ みなと

- 海を未来にプロジェクト -