夢(一夜)
こんな夢をみた。
年上の恋人はさわやかで、なかなかに聡明だった。ぼくたちはデートをし、街の小さなビジネスホテルに行きついた。部屋のベッドに腰かけて話していると、突然全館に放送が響いた。
「これにて大会は終了します。大会は終了します。大会は…」
恋人はぼくのスマホを手にとり、ホーム画面のゲームアプリを指さした。
「これ、やった?」
ぼくは黙って首をふる。気が向いていれたものの、ほとんど放置しているアプリだった。
恋人は一瞬悲しげな顔を浮かべ、でもすぐに見慣れた微笑みに戻した。スマイル0円、のコマーシャルのような、お手本の顔だった。
「残念だな。また機会があればぜひ。」
そう言って渡されたのは名刺だった。あのアプリゲームの運営会社の、真っ赤なロゴがついていた。ぼくは目をまるくして、まっすぐその人を見つめたけれど、じゃあね、と短く言ってドアはばたんと閉まった。
なるほど、そういうことか、とぼくは思った。悲しみでも、驚きでも、怒りでもなく、それは納得だった。心にすとんと落ち着いた。
ぼくたちの物語は偽物だった。たったそれだけのことだ。ほかに誰も知らない偽物の日々を、あの人の記憶になんて残してもらえない事象を、忘れるまでは静かに護ろうと思った。
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