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ずっと大切にしたくなる映画/『街の上で』感想
心から自信を持って薦められる日本映画をいくつ知っているだろう。
自分に鑑みれば、そう多くはない。
というのも、僕は好きな役者が出ているだけで観に行く傾向がある。自分がその映画を面白いとか好きだとか感じたとしても、ある程度バイアスがかかってるのではないかと懐疑的になる。
そもそも映画館に足を運ぶ時点で、自分なりのセンサーを働かせて、大きく自己満足から外れなさそうな作品を選んでいる。
なので人に自信を持って薦められる映画となると、わりかし困ってしまう。
でも、これからは大丈夫そうだ。自信を持って心から薦められる邦画に出合えた。あーよかった。これからはおすすめを訊かれても、今年よかった映画を訊かれても、答えに困ることはない。
『街の上で』と言えるから。
今泉力哉監督が、変容する“文化の街”下北沢を舞台に紡ぐ、古着屋と古本屋と自主映画と恋人と友達についての物語。
古着屋で働く荒川青は、恋人に浮気された上にフラれたが、いまだに彼女のことが忘れられない。そんな青のもとに、美大に通う女性監督から自主映画への出演依頼が舞い込む。行きつけの飲み屋では常連客から「それは“告白”だ!」とそそのかされるが—— (公式より)
オールタイムベスト級に好きな映画だった。
主語が大きくてちょっと雑に聞こえるかもしれない。でもほんとうにザクザクと刺さったし、心の中が満たされた。余韻もとても心地良い。
いわば若い男女の群像劇なのだが、会話の生っぽさがえげつない。"台詞"だと想像できない。人間関係の妙と掛け合いだけで、ここまで退屈させずに楽しませる映画がどれだけあろうか。
映画館で席に座った時点で、観客はもう120分を委ねるしかない。基本的にどんな時間の使い方をされようと抗うことができない。
その点、本作は素材の味をしっかり味わえるオーガニックなテイストで、120分を完璧に料理してくれた。シェフを、監督を呼んでくれ!って気持ち。既視感に満ちた喜怒哀楽を粗く見せるようなシーンも無くて、身近な誰かの物語を覗かせてもらってるような感じ。
一緒に観た子は成田凌以外のキャストを誰も知らなかったし、あらすじ含め予備知識も一切なかった。「下北が舞台の映画だよ」とだけ伝えていたけど、終始笑ってとても満足していた。キャストの名前や舞台の派手さ、大仰な筋書きに頼ることなくニュートラルに楽しめる映画って素晴らしいと思う。
しっとりとはしているんだけど、イメージしていたよりもずっと笑える。クスクスと笑ったり、思わず声が漏れるほど笑ったり。満員の館内で他の人たちとそれを共有できるのも嬉しかった。
喜劇としても上質。
若葉竜也は相手に気持ちよくお芝居させる天才。勝手にそう思った。『愛がなんだ』で初めて知り、あれも衝撃を受けたけど、この映画でも存在感がとてつもない。主役だからとかじゃなくて、彼の佇まいが相手も背景もすべてをナチュラルに引き立てる。同じ男ながら愛しい。ずーっと見ていられる魅力のあるひと。
それとイハ役の中田青渚が素晴らしかった。恥ずかしながら彼女のことはこれまで知らなかった。映画を観た人はみんな彼女のことを好きになると思う。下北沢で想定する限りこれ以上はないとさえ思える出逢い、その夜と朝が絶妙に具現化されていた。そして関西弁の魅力よ。
他にもおまわりさん、古着屋での試着男女、道端での勢揃いシーンなど、おかしくて愛しくなる場面が多数。
◇◇
僕もかつて下北沢で働いていた。だから下北沢という街への思い入れは人一倍強い。これも言うなればバイアスなのかもしれない。
大学生の頃はそれこそ古本屋でバイトしていた。まあ古書ビビビほどおしゃれな店ではなかったけど(古書ビビビのシーンでレジ後ろに前野健太のサインが飾られてるのは見逃さなかった)
大学卒業後も、やっぱり下北沢に行き着いた。
お芝居を上演する劇場でも3年ぐらい働いたのだ。劇中でもスズナリが出ていたけれど、自分がいたのも同じ本多グループの劇場だ。
ライブハウスも数え切れないほど通った。
ライブハウスで一目惚れしたこともあった。その女性を帰りに追いかけ、本多劇場の前で声をかけたら連絡先交換が出来て、後日仲良くなって鎌倉通りで告白をした。オッケーもらって付き合えた夜のことは忘れられない。その子が弾き語りのミュージシャンだったことも。
珉亭のラーメンも、シティカントリーシティのパスタも思い出の味。トロワシャンブルとか花泥棒とか喫茶店も大好きだし、一龍の中華そばや茄子おやじのカレーも絶品だ。
街を歩けば道すがら六角精児さんや柄本明さんを見かけた。石を投げればバンドマンか舞台役者に当たるんじゃないかってほど、スーツなんかだと浮いてしまう不思議な街。
今はもう、開かずの踏切だったのも遠い昔に感じる。駅前はずいぶん様変わりした。とにかく雑多で、路地裏や脇道に入れば訳わかんない古着屋や飲み屋が現れるのが安心したのにな。
いつも地下のどこかで大音量のなかバンドマンが叫び、誰かが拳を挙げている。板の上では、役者同士が台詞をぶつけ合い、観客が固唾を飲んで見守っている。どこかの古着屋に入れば、暇そうな店員さんがカウンターで本を読んでいるかもしれない。
下北沢って街の器のデカさが大好きだ。何者でもいて、何者でなくても許される。そんな文化が、こんなふうに映画になってよかった。
ずっと大切にしたくなる映画。
自信を持ってお薦めします。
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