外伝:有望な怪物達 その10:博士との再会と雑種幼生
飛行機が離陸する。アナウンスが流れる。
機内アナウンス「皆様、おはようございます。マン島、ベルファスト行き**便にご搭乗頂き、ありがとうございます。本日の機長はアンドリュー・オーマレットです。私はミッチェルです、皆様の空の旅をお供致します」
上空より街の様子が見えるが、やがて景色は雲海の上へと変わる。
緑に覆われた陸地に、飛行機は着陸する。
博士がPC画面を見つめている。ロバートが博士に尋ねる。
ロバート「それで博士、私が不在だった間の進展を、教えて頂けませんか?」
PC画面上のファイル記載の記録を読みながら、博士は進捗を話し続ける。
博士「そうしよう。8月2日までに40体の幼生を得た。そのうち30体は腎臓の形をしたビピンナリアだった。普通のヒトデの幼生だね。成長し続けると思ったのだが、8月9日までに成長しないことが明らかになり、縮んでいった。8月9日に数体を測定したが、長いもので26mm、その5日前に測定した1体は0.4mmしかなかったんだね。次の日、より多くの個体を測定した。幾つかは0.2-0.16mmあった。他には完全な球体もあった。腸内には食物はあったが、口と肛門は閉じていた、いや、実際にはなかったな..」
博士「今、次々に死んでいるよ。最初は30体いたが、昨日8月13日は、2体になった。1体は泳いでいた。もう1体は明らかに普通だった。良い幼生に見えたが、泳がなかったんだ」
ロバート「他には何かありましたか?」
博士「ん?」
ロバート「記事の査読者の件です。私の不在中に、何かあったのでは、と」
博士は噴き出すように笑い、一枚の新聞記事を取り出す。博士とロバートの写真が写っている。表題は、「海洋生物学者として続けている実験が、ダーウィンの進化論に挑む」とある。
博士「ああ、それね、コピーがここにあるよ」
ロバート「記事について、どのように思われていますか?」
博士「この査読者は、正直なところ、生物学者ではないと思うね。彼は良い仕事をしたけれど、完璧にはほど遠いね」
博士「『海洋生物学者として続けている実験が、ダーウィンの進化論に挑む』私の理論は、ダーウィンの進化論に勝つのではなく、追加するものなんだよ」
博士「『ダーウィンの亡霊が進化論を壊すための新たな戦いをすべく、墓からよみがえるかもしれない』これが冒頭にある文章だが、間違っている。私は追加するのであって、勝利しようとしているのではない」
博士は写真を眺める。
博士「この写真だが..『ウィリアムソン氏と研究助手ロバート・スターンバーグ』」
博士「私は自分の写真を見るのが得意じゃないんだ。鏡に映った姿の方がずっといいな。顕微鏡はよく見えるよ。コンピューターにこの話を印刷させるのもいいかもね。さあ、研究室に行って、生きている幼生がまだいるか、見るとしよう」
博士が、記事の内容をコピーする。年代物のプリンタから、音を立ててゆっくりと印刷が進む。
博士がガラス容器を動かしつつ、顕微鏡を通して付属装置の画像に入った液体を観察している。
博士「きれいに毛や泡が見えるね。でも、幼生はどこかな..一個ではなく、何十個、何百個もいたら良いんだがね。あいいた。動いているのが居るよ。これだ、これかもしれない」
ロバート「博士、ABCコントロールを使ってみましょう」
黒っぽい物体が泳いでいるが、条件を変えてみると、背景のが暗くなり、きらきら光った。2体いる。球体を構成する微小な粒子が光っては消えていくが、その球体はゆっくり移動している。
博士「うーん、違うね。完全な球形じゃない。何の内部構造も見分けられない。ただの繊毛のある幼生だ。何かわかるものに発生すれば、もちろん、我々の考えは一歩前進するのだがね。当然、何百万年、何億年も前に起こった時の実際の幼生を復元しようとはしていないんだ。一番良いのは、系統関係の離れた種の雑種を作り出すことができることを、見せることだね。それらが認識可能なa)幼生、そして、b)成体、になることさ。我々は濃縮した精子をいくつかの実験で使ってきたが、これによって、種間のバリアーを壊せるようになるんだよ」
話し終えた博士がもう一度物体を見つけようとするが、見つからない。
博士「今、泳いでいる幼生を見失ったよ。小さな獣を失った」
博士は一息ついて、探し続ける。
博士「もう一度..ガラスに泡がある..動かないね」
ロバート「これではないですか?それほど動きませんが..」
博士は何も言わずに、外していた眼鏡をかけ、また外して言った。
博士「これだと思う。まだ見ていない幼生だといいね。よし、ここより涼しい下の研究室に持って行こう。顕微鏡で、見つかるか、見てみよう」
ロバート「わかりました。下に持って行きますね」
博士「頼む」