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ファーストキス 1ST KISS


私は「夜明けのすべて」から
完全に松村北斗の演技に魅了されている。

彼がアイドルということはもちろん知っているけど
だからこそこの「演じる」ということが
彼の本業ではないにも関わらず
ここまで繊細な機微を体現できるところに
毎回感心してしまう。


だからラブストーリーだとか
タイムトラベルものだとか
そういうことはこの際どうでも良かった。


ただ彼の新しい作品を
私の中に情報としてインプットしたくて見に行った。

脚本が坂元裕二さんなのは知っていた。
そんなものは結局のところ良くなるに決まっている
という予想まではできていた。


ただここまで良いとは、思っていなかった。


※ネタバレを大いに含みます。



アバウトタイム


ここでいきなり別の作品の話をしてしまうが
私が大学1年生か2年生くらいの時。

それはそれは勤勉に、芸術学部生として
「映画」について学んでいた頃。
年間200~300本映画を見る中で
"生涯大切にしたいと思える作品だ"と感銘を受けて
当時映画館に7回足を運び、7回とも泣いた作品がある。
それが「アバウトタイム」


今回の映画と、話の大枠は似ている。
ハッピーエンドか否かというところを除いて。

これもタイムトラベルの話で
ただファンタジックなことはなくて
とても素朴な愛の話。

主人公は、代々男児だけがタイムトラベルを可能とする家系に生まれ
それをある年明けに父からいきなり明かされる。
その力を持って彼は、日常のちょっとしたことを変えて
人生を良い方向へ導いていこうと試みる。
そんなある日運命の女性と出会い、能力を使って
あの手この手を繰り返し、めでたく結ばれる。

まあなんやかんやあって、いろんなことを経て
結局彼は気づくのである。

タイムトラベルなんかしなくても
僕の日常は幸福の連続でありかけがえのない瞬間に満ち溢れている
ということに。

非日常的な能力を用いて、彼は結果
日常の素晴らしさに気づく、という話である。



この作品も要はそういうことだった。


離婚届を書いた当日に電車の事故で夫に先立たれた妻、カンナが
トンネル事故で偶然開いた時空の穴を通じて
15年前の夏のある同じ日にタイムリープを繰り返すという話。

過去に戻った日の言動が未来に変化を及ぼす事を知り
夫、カケルの死を阻止しようと画策するが・・・
という「死別」「タイムリープ」というよくある話のオンパレード設定に
最初少し胸焼けしそうになった。


アバウトタイムもそうだが、実はタイムリープものは難しい話の設定で
そもそも「タイムリープ」というものの設定を
しっかり構築しておかないと視聴者は置いていかれる。
(アバウトタイムも実は少し爪が甘い。)


この作品もそこの矛盾や爪の甘さに、違和感が残り
序盤はあまり感情移入できなかった。
そして"15年前の夏のある同じ日"を繰り返すという設定にも
同じ日の松村北斗しか見えてこなくて
ちょっと退屈だななんて思い始めてしまっていた頃合いに、


松たか子さん演じる妻、カンナの心情が変化していく。


カンナは44歳。
亡くなった夫とは会話もなければ目を合わすこともない
冷め切った関係で、そりゃ離婚するわという状況だった。

でも15年前の夫と過ごしていくうちに
その冷め切った夫婦仲での傷が
次第に癒えていっていることに気づく。
カンナも気づくし、私も気づく。


最初は「ん?」と思った。
そういうものか?と。
亡き夫とというよりも15歳若い青年と
恋に落ちている44歳のおばさん(おばさんと呼ぶのは失礼だけど)
に見えてしまった。
現に作中何度も、カンナは遺影に向かって
「これは浮気じゃないから。あれもあなたなんだから」と言う。


ただこの作品のすごいところはここからだった。


タイムリープものには珍しい”ネタバラシ”


あることがきっかけで15年前のカケルに
自分が15年後の未来から来たカンナだということがバレてしまう。

なぜ来たのか、どういう関係なのか。
この全てを過去の人であるカケルに
カンナは全て打ち明けてしまう。


結構衝撃だった。



タイムリープものって
結構それタブーとする設定が多くて
なんとかバレないように画策するものだと思っていたけれど
かなりあっさり告白してしまう。

そしてなぜかあっさりカケルはそれを受け入れる。
ただここが松村北斗のすごいところで
恐竜などの古代生物の研究をする変わった青年であること
女性が苦手はなずなのになぜかカンナとは話せたこと
その設定の上にある「心根の優しくカンナをDNAレベルで愛する変人」
みたいなカケルの人柄の機微を
ここまで上手く表現しているので
タイムトラベルを割と素直に受け入れられる変な男ということに
あまり違和感が感じられなかった。


そしてこの作品で最も印象的だったのが
「離婚したくない」
と潮らしくカンナに懇願するシーン。

実際まだその時点でカンナとは結婚しておらず
なんなら初対面のその日という場面で
未来人と語るカンナのタイムリープ話を受け入れた上で
「離婚したくない」といった。


それがどういうことなのか
ここまでの私が退屈だと思いかけてしまっていた
カンナの積み重ねたタイムリープの日々に直結する。


離婚届を持ったまま
家族である自分を残して死んでしまった夫。
学者を夢見ていたはずなのに
結婚したことを機に普通の会社員になり
退屈な日常を送っていただろう夫。
揉めあった日々。
寝室が別々になった日。
目も合わせなくなった朝。

「あなたを救えるのなら、私と結ばれない人生を」

そう思ってやってきたタイムリープ最後の日に
過去のカケルが
カンナとの15年の日々を肯定するのである。
「離婚したくない」と
「君に出会わない人生は選択できない」と

何度過去に戻っても
同じようにカンナに惹かれてしまうカケルに
我々視聴者も薄々気づいていたけど
カケルのこの言葉が
この二人のことを「運命」だと
してしまった瞬間だったと思う。


カケルは言う。
「悔やむことがあるとするならば
それは誰かを庇って犠牲になってことではなく
君との15年の日々だ」と。


恋人のように手を繋いで
その夏の日を後にした15年後のカンナに
もう一度出会うために
カケルは、その時代のカンナに声をかける。


立場が逆になる。
未来を全て知っていたカンナが
カケルを導いたように

全てを教えてもらったカケルが
何も知らない15年前のカンナの手を取っていく。


大切に噛み締めて
15年の時を過ごし、私たちが知っている夫婦の日々とは真逆の
仲睦まじい日々を見せられたのちに
運命の日はやってくる。


どうやっても避けられないその死は
やはり同じようにやってくるけど
カケルはカンナに手紙を残している。


今度はカケルが種明かしをするのだ。


15年前何があったか
この15年がどのような日々であったか。


前述したがタイムリープの設定はそもそも
大きく破綻しているので
この手紙を抱えて泣いているカンナは
果たしてカケルを救おうと画策した
あの世界線のカンナとリンクするのだろうか?
という疑問はあるけど。


カンナからカケルへ、
カケルからまた未来のカンナへ
ループして続いていくこれを
「ファーストキス」と題したこの映画の
根本的な素晴らしさに
エンドロールが流れてようやく気づいた。


気づいたし
多分もう私はカンナがカケルに
種明かしし出したくらいから涙が止まらず
顔がびしょびしょになっていた。


タイムリープで得るもの


マーベル作品とか、ハリーポッターとかでも
タイムリープという現象はしばしば起こる。

現実にまだ人類が手にしていない手法だからこそ
それはかなり非現実的でファンタジー。


ただそれによって得るのは
世界平和でも悪の討伐でもなく。
ものすごく当たり前の日常。


ささやかで素朴な日々は
実は宝物であったということ。


カンナはそれを過去に戻って
過去の夫にもう一度恋をして
そうすることで
亡き夫と積み重ねた日々の尊さを思い出す。


カケルはいずれ無くしてしまうものだったとわかった上で
愛しむ努力をすることで
それがいかに尊いかを知る。



未来が過去に、過去が未来に
相互に作用してどちらも救われるという
新しい結末だなぁと思った。


これを見て私もじゃあ明日から
まるで自分がタイムトラベルしてきたみたいに、
タイムトラベルしてきた人から有限だと教えられたみたいに
今を大切に生きようなんて
思っても実行するのはなかなか難しいけど


この日々が
実はかけがえのないものなんだということは
なんとなく知っている。



日々意識できなかったとしても
ふとした瞬間に「ああ、愛おしいな」と思える自分でいたいなと思った。
そういう作品でした。




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