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情景を表現することへの憧憬

休日の予定だったが、早朝から客先で少しの仕事を片づけた。
昼には帰宅して郵便物の投函と買い物を済ませ、昨夜の残りの白ワインをグラスに注ぐ。昼飯の時間だったが、さほど腹は減っていなかったのでワインだけに集中した。若いころは何か食べながらでないと進まなかった酒も、最近はきちんとそれだけを楽しめるようになっていた。
ワインはよくわからないところが好きだ。
こだわらない、プロのアドバイスは素直に受ける、ウンチクは語らない、ウンチクの多いシロウトとは飲まない。以上のルールをもって楽しむことにしている。
ワインのアテは2時間ほどの舞台DVD一本。演者は3名と少ないものの、舞台美術も素晴らしく、音楽の差し込み方も品よく見ごたえがあり、魅力的な作品だった。会場で楽しみたかった。

一日のカーテンコールには早い時間帯だったので、厚手のカーディガンをはおり、大判のマフラーとニットキャップで散歩を楽しむことにした。
一応使い捨てカイロも仕込んで…と。
比較的交通量の多い幹線道路の細い脇道を入ると小川の下流にたどりつく。いつもはここから上流に向かって30分ほど歩くが、コウモリが飛び回る時間帯までには帰りたい。
あ、やつら冬眠中なのか?

小径の右手には小さな喫茶店があって、老夫婦が切り盛りしている。店内にはジャズが流れ食事も美味しいが、お母さんのコーヒーはあと一歩頑張って欲しい。窓際のコクバンには”定休日/金・木・水・火”と書かれている。
ここでは全世界とは全く逆のカレンダーで一週間が経過するようだ。

カモが1・2・3…14羽。カモが一列に並ぶのは、前のヤツを信頼してるからだそうだ。誰かが通ったところは危険がないってことだ。
先頭のヤツはやっぱチーム最強なのか?敵と戦うのか?先頭が戦闘……

「バッハ」というドイツ語を日本語苗字に変換すると「小川」という意味になるらしい。なるほど、規則的で穏やかで、うん。平均律だ。
なしえた偉業は大海レベルだが。

ぼちぼち観光客の訪れるこの街だが今日は人けがない。こんな日はめったにないのでイヤフォンをはずす。
昨夜の雨で湿った乾きかけの木製のベンチに腰掛け、集中してサウンドを増幅させる。川面を渡る風、葉擦れやせせらぎの音。静かな冬の夕暮れがシンフォニックに音を重ねていく。長い長いクレッシェンドの果て、ボレロの最後のシンバルのように二羽の水鳥が一斉に水面を蹴る。

世界が夕暮れから夜に変わった。

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プルっと通知音がして、ポケットからiPhoneを取り出すと、自治体からのLINEだった。
”本日市内にお住まいの方で新型コロナウィルスの感染者が……”

ホームボタンを押してiPhoneをポケットに戻す。
立ち上がって大きく鼻から息を吐いた。

踵をかえすと同時に、目の前の枝に小さく白い2cmほどの膨らみを見つけた。

-ネコヤナギ

手を伸ばしてそっと触れてみる。

「すっげー。フワフワだ。」

僕はマスクを外して、来た道を戻った。


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満月ぽん太_言祝ぐ大人でいたい
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