選んで受け入れる困難と耐えるだけの困難は全くもって別物である
一人暮らしの僕は休日にはほとんど留守電機能を使っていなかった。
まあ、休日の朝から電話をかけてくるのは母親かウエノ君ぐらいだ。
「お前ふざけんな!今週は残業続きで昨日も終電だぞ。今何時だジジイかよ厭だ行かないからな!」
旨いと評判のパスタ屋ができたらしく、どうしても行ってみたいのだと幼児のごとく譲らない。
こういう場面でガチャ切りできない自分の愚かさを恨みたくなる時もある。が、すぐに諦めるところもまあまあ嫌いではない。
待ち合わせの件のパスタ屋は、若い女性だらけのキラッキラの店で、おじさん仕様には作られていないのは確かだった。渡されたメニューにひと通り目を通した限りは、まあそこそこな感じの品揃えだし、人気店らしい雰囲気は醸し出されていた。僕はスタッフの女性に、連れがきたらオーダーをお願いする旨を伝え持ってきた文庫本を開く。
戦国ものだったか…随分とページが進んだ。
それにしても休日の人気店で注文もせず長居するおっさんは迷惑極まりない。
約束の時間を30分ほど遅れて到着したもう一人のおっさんはゴメンゴメンと両手を併せ、一応の非を詫びた。
昼の待ち合わせなのに朝8時に電話をかけてくるとか
待ち合わせ場所がありえないとか
どうせくだらない話を聞かされるんだろうとか
予定時刻を30分も遅れてくるとか
言いたいことは山ほどある。もう全方向からツッコみたい。
ない交ぜになった感情を静かに飲み込み、女性スタッフに声をかけボロネーゼをオーダーする。そして持っていたメニューをウエノ君に手渡した。
彼は手早く注文を済ませると、もう一度ゴメンゴメンと両手を合わせた。
僕は 不届きな 仕打ちの 数々を思い出し あまつさえ…あまつさえ…
「ウエノ君、僕は君との友人関係を 解消したい…」
華奢なテーブルを思い切り両手で叩きたい思いに駆られた。
「僕はね、評判のパスタ屋で和風たらこスパゲッティをオーダーする日本人を誅戮したいんだよ!」
イタリアの食材なわけだし
※誅戮(ちゅうりく)…天に代わって成敗するってとこか