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秋、好きな自分でいるために、読書する。『東京タワー』(江國香織)
表面に見えている部分よりも、好きな音楽や本や映画を香水のエッセンスのようにまとったその人の空気そのものを、私は厚く信頼したい。そう思うようになったのは、江國さんの本を読んでからだった。
この頃、また本を読むようになった。江國香織『東京タワー』を買った。書店で購入した日の夜から、毎日少しずつ読んでいる。解説を抜いて354ページ中、現在、135ページあたりまで進んでいる。
ここ一年ほど、まともに活字に触れていなかった気がする。本を全く読んでいなかったわけではない。本屋へ行けば心は踊った。読みたい本を買ったりしていた。が、本を開いても、のめり込むことができなかった。結局、積んでしまう本がほとんどであった。
それをずっとなんとなく繰り返しているうちに、読書は諦めて、しばらく映画を楽しむようになっていた。映画は映画で大好きで、楽しい。そこから、少しずつ、映画ノートを書いてみたりもした。好きなセリフやスキナーシーンを言葉にもしてみたりした。しかし、読書と映画では、吸収される部分が微妙に異なる。
だんだん、私は「読書」が恋しくなっていた。本を開いて、そこにある言葉の連なりに想いを寄せる。言葉しか知らないその本の作者に、まるで恋でもするかのように、たまらなく夢中になったり、生きるエネルギーを、心に直接注がれるかのような、あの感覚が。
『東京タワー』を読み始めたきっかけは、ドラマだった。ストーリーはもちろんだが、物語に登場する台詞の一つ一つが美しくて、息を呑んだ。
原作が江國香織さんだと知り、こんなにも惹かれる理由がわかったような気がした。私は猛烈に原作が読みたくてたまらなくなり、近所の書店へ出かけた。
久しぶりに本を読みながら、心の中で乾いた部分が、じんわりと潤っていくのがわかった。「ああ、これこれ。これが欲しかったの」と思った。
ドラマを見ていた時から思っていたのだが、透と詩史の使う言葉がとても綺麗で、読んでいて心地が良かった。
演じられている永瀬廉さんの、声のトーンもすごく良かった。
設定はドラマの都合でアレンジされているところはあれど、その二人の持つ空気感を、原作を読むことで、思う存分、味わうことができる。
人と関わるからこそ生まれる孤独感。他人との溝。そういう感情に対して、優しさもあり、どこか冷たさも感じる。でもそれがちょうど良いバランスなのか、なんでか心地よい。
その作者のエネルギーの集合体のような本に、心の底からのめり込んだり、本からたくさんのものを吸収したり、考えを巡らせる。そう言った読書を、私は久しぶりにできているような気がする。ただ目を通す読書じゃなくて、心の底から、好きだなぁと思える読書。
自分は本が好きだと言うには、本当に本が好きな人に対して、おこがましいかもしれない、と思うようになってきていた。
果たして私は、本当に本が好きなのだろうか。なんとなく読むことで、何かを得たいという気持ちがある。
自分の心を、どこか遠くへ、連れ出してくれる。現実逃避したいのか。言葉にできない感情を言語化するための鍵が欲しいのか。
私は言葉が好き。もっと言えば、綺麗な言葉を使う人の生み出した世界観に、思う存分、浸ることが好き。
私の好きな「綺麗な言葉を使う人」は、今のところ、江國香織、小川糸、小川洋子。それから、米津玄師、藤井風、野田洋次郎(RADWIMPS)、藤原基央(BUMP OF CHICKEN)、星野源、塩塚モエカ(羊文学)。きっともっと、いるはずなのだが、今、ぱっと名前が出てきたのは、この方々。
「好きな自分でいたい」と思うとき、この方々の作品に触れたら、好きな自分に帰ることができる。憧れでありながら、私の居場所のような存在になってくれる作品を生み出してくれた方々。
この頃、自分の言葉を持ちたい、と言う気持ちが強くなった。たくさんの美しい言葉を持つ人や、世界に触れて、吸収する。考えを巡らせる。
その中から、ティースプーン一杯分ほどの言葉を掬い上げて、なんとかかきあつめたような文章だとしても。自分の言葉で紡ぎたい。
記録しなければ、自分の考えなんて、あっという間に、自分でなかったことにしてしまいやすい。だからこそ、書こうと言う気持ちが最近増えてきている。書きたいテーマがまとまらなくても、下手な分でも、ただ素直に、言葉にしていきたい。言葉を紡ぐ自分が好きだから、好きな自分でいるために。
本音は誰の手にも届かぬ場所に隠して、宝物のようにそっと愛でたい。自分で自分を否定せず、私が一番私を愛してあげたい。こっそりと、こっそりと隠して大事に守り続けてきた本音から抽出したエキスを、紅茶の茶葉のように、少しだけ飲みやすくしたものを、そっとエッセイに置いておきたい。