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『ソウルフルワールド』劇場上映を見てきた感想。

 劇場上映『ソウルフルワールド』を、早速見てきた。

 以前配信で見ていたものの、劇場で見たこの作品は、全く別物であった。この没入感は、家では味わうことはできないだろう。

 この映画は、ただ"生きる喜びを感じる"ために生きることを肯定してくれた。

 「自分はこのままでいいのだろうか」と、ふいに頭によぎる、漠然とした不安。自分で信じて進んできたはずなのに、気づけば雑草のように心に生えてくる劣等感。
 人生の中で、誰しも感じたことはあるだろう。

 夢を叶えるために生きることは美化されがちで、素晴らしい人生だと書籍化されたり、映画化されたりするすごい方々は大勢いる。
 一方で、夢見て進み続けた先で、夢が叶わなかった者もいる。憧れられるどころか「夢ばかり追いかけて…」と苦い顔をされたりする。生きるため、夢とはまた別の道を選んだ者もいる。彼らの人生に、一体意味は無いのか?


 今作描かれる主人公は、ジャズピアニストを夢見ながら、ニューヨークで音楽教師をしているジョーという男だ。ジャズプレイヤーだけで稼ぐことはできず、ステージで演奏する機会もない。一方で、音楽教師の仕事には正式採用通知を受け取る。
 彼は母親に報告すると、よかったじゃないと喜びながらも、「絶対に受けなさいよ」と怖い顔をする。しかし、彼は「本当にこれでいいのか?」と今のキャリアに不満を抱いている。

 そんなとき、憧れのプレイヤーに認められ、今夜、ステージで演奏できるという、夢のようなチャンスを得る。
 プロのミュージシャンへのチャンスを手に入れた。やっと夢が叶う!俺は今日この日のために生きてきたんだ!と喜んだのも束の間、そこで彼の人生は、突然終わってしまう。彼は"ソウル"の世界で、"あの世"へ行くことを拒み、現実世界へ戻ろうと奮闘する。


 ディズニーピクサーの作品は、これまで子供に夢と希望を与えてきた。しかし、その世代はとっくに成長し、現代では、かつて夢を見た子供達は、大人になって社会で立派に生きている。そんな現代に描かれる主人公は、「夢を思い描いたものの、叶えることのできなかった大人」なのだ。

 ジャズピアニストを夢見るものの、ミュージシャンになる夢は叶わず、ステージでの演奏もできない。音楽教師という生活のための仕事に満足しておらず、幸せそうな顔もしていない。
 ファミレスで夕食を済ませ、気づけば腹も出ている。いつかのためにとってある演奏用のスーツは、結構、着れるか怪しく、そろそろ痩せないとギリギリな状態。

 他のピクサー作品とは、どこか一味違う。Pixarの中ではかなりリアルな筋書きで、だけどPixarが映画をつくるための、根幹的な部分を描いているようにも感じた。


 夢を叶える瞬間のために生きていると、夢に執着しすぎて、その夢に届いていない自分は幸せではないのだ、と現状を卑下してしまう。
 何かを成し遂げる必要などない。歴史に名を残す偉人にならなくていい。誰もが褒め称えるような素晴らしいキャリアを、自分自身に押し付けなくていい。

 風を感じ、美味しいものを味わい、街を歩き、誰かと話し笑い、良い感じの髪型や新しい服に心が躍り、綺麗なものを見て綺麗だと言える心を持つ。ただ、そのために生きていていいのだ。

 そうして生きていく先で、偶然、夢のような瞬間と出会っていくものなのかもしれない。


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