電話の向こう側
札幌でひとり暮らしをしている認知症の父と、東京でひとり暮らしをしているわたし。お互い基本的に食卓にはひとり分のごはんが並ぶ。離れていてもそこは同じシチュエーションなわけだ。わたしと同じようになんだか味気ないなぁ、つまんないなぁと父も感じているのではないかと思っていた。
もともと炊事洗濯、そうじなど家事全般をこなしていた父が認知症になって、缶詰やカップ麺ばかり食べるようになった。ごはんとみそ汁、たまに玉子焼きやソーセージ炒めなどは作るけれど、他はてんでダメ。さすがに栄養バランスが悪くなって痩せてしまった。そこで帰省した際に作るようになったのが、主菜と副菜を詰め合わせた冷凍おかず。冷蔵庫で解凍してから電子レンジでチンして温めれば、手軽にバランスよく食べられる。おかげで一時期は50kgを切った体重も60kgまで戻って、ひと安心だ。
先日の夕方、どうしているかな?と父に電話をしたら、まさに晩酌の真っ最中。量こそ少なくなったけれど、晩酌はほぼ毎日欠かさない。
「今ね、文恵が作ってくれたおかずをつまみながら、酒を飲んでるんだ。」
「そうだったんだ、何食べてるの?」
「何って…、ふたつ並べてるんだ。」
「あら、ふたつもあっためたの?」
「そうだ、並べて好きなのを食べるんだ。」
主菜ふたつに副菜が8つ。ちょびちょび食べが好きだなんて、まるで女子みたいだなぁと思いながらも、なんだかたのしそうな様子に心が和む。
「きょうは何と何を並べてるの?」
「魚の煮付けと、これは何だ?なんかの肉だけど、とにかくおいしいんだ。早く食べたいっ。」
あらま、失礼しました。ひとりの食卓はちょっとつまんないと思っていたのは、どうやらわたしだけのようだ。父の食卓には「おいしい、たのしい」が溢れているらしい。遠く離れていても「おいしい」で父とわたしはつながっている。
「お腹いっぱいで幸せいっぱいだ。」
わたしも幸せいっぱいだよ、おとーさん。
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