衝撃の野菜診断
どうも初めまして。全てを水に流す男と申します。
中学生の頃、私には仲のいい友人がいました。
名前はりなちゃん。通っている塾、遊んでいるゲーム、読んでいる本、所属している部活、これら全てが私と同じなのになぜかいつも定期テストで一位を取る不思議な女の子でした。彼女とは中学校の三年間ほとんど毎日共に登下校したわいない会話をしていました。
ある日、りなちゃんとお互いを野菜に例えたら何になるかという話をしていました。私はりなちゃんを人参と言いました。理由はりなちゃんは線が細く知識が豊富なので細くて栄養満点な人参が適切だと思ったからです。「ふーん。」とりなちゃん。思ったより反応が薄い。次はりなちゃんが私を野菜に例える番。りなちゃんは即座に「たまねぎ」と言いました。たまねぎか、私はたまねぎが好きです。確か血液をサラサラにしてくれて体にいい。それにどんなタレともよく絡んで美味しい。丸いフォルムもかわいらしいし。さてどんな理由が待っているのだろうか。弾んだ気持ちで理由を待つ。
りなちゃんの口が開く。
「むいてもむいても中身がないから」
その日私は夕飯の生姜焼きに付属するたまねぎをよく噛んで食べました。
歯ごたえがある。やっぱりおいしい。生姜焼きにたまねぎは必須だと思う。ゆっくり噛みながらたまねぎを舌に乗せ味蕾を刺激する。どんな味?脳に聞く。脳が言う。「タレの味」だと。
中身か。たまねぎの中身か。
あの時りなちゃんが言っていた「中身」とはなんだったのでしょうか。
このブログでは「中身がない」とりなちゃんに言わしめた私の半生を書き綴ろうと思います。
私のように「たまねぎ」である人が自分の人生を肯定できるようなブログになればいいなと思います。
どうぞこれからよろしくお願いします。