【小説】私は空き家(吹田市築53年)2
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今にも雨が降り出しそうな、どんよりとした曇り空の午後。いつものように、ナツミさんとミチエさんが訪ねてきた。
しかし二人とも、今日はいつにも増して片付けの手が進まない。
「突然連絡してきたと思ったら。あの子たち、いったいどういうつもりなのかしら」
苛立ちをありありと表情に浮かべて愚痴をこぼすミチエさんに、
「どういうつもりかは分からないけれど。この家のこと、気にかけてはいたみたいね」
ナツミさんが溜め息まじりに返す。
温度差はあるものの、ミチエさんもナツミさんも、トオルさん夫妻への不満があるようだ。
二人の話を聞くと、こんなことがあったらしい。
先日、長男で末っ子のトオルさんの妻であるトシミさんから、長女のナツミさんに久しぶりに連絡があった。要件は、三きょうだいの実家をどうするか、というもの。私の今後についてだ。
私が空き家となって3年、トオルさん夫妻は「いつまでも空き家のままにしておけない」との気持ちから、自分たちが住む市で行われた空き家相談会に参加したらしい。
そこで現状を相談したところ、相談員から「ご実家がある大阪府に協力事業者がいるので、紹介しましょう」ということになった。
紹介を受けた協力事業者と話をしたトオルさん夫妻は、ナツミさんとミチエさんにもその業者と話して欲しいと望み、その連絡がトシミさんからナツミさんへ入ったようだ。
「もう2年もこの家に来てないくせに、片付けだって私たちに任せっきりのくせに、口だけは出してくるのね!」
ミチエさんの怒りはヒートアップする一方だ。そんなミチエさんに対して、ナツミさんは少し迷ったように口を開く。
「私も、何もしていないトオルたちが、こちらに何の相談もなく動いたことには腹が立つわ。……でも、その業者と一度会って話すくらい、してもいいんじゃないかしら?」
「姉さん!? だって、トオルたちが手配した業者よ。きっと向こうの言い分を飲ませようとしてくるわよ!」
驚き、反対の声を上げるミチエさんに、ナツミさんが苦笑する。
「もしそうなら、こちらが飲まなければいいだけよ」
「無理矢理飲ませようとしてくる業者だったら、どうするの?」
「それはまた酷い悪徳業者ねぇ」
「姉さん!」
クスクスと笑い出したナツミさんに、ミチエさんが不満げな声を上げる。
「ごめんごめん。実はね、トシミさんの話では、あの子たちが行ったのは役所も関わっている相談会だったらしいの。相談員は、空き家問題を専門に扱うNPOだって。そんな相談会で紹介された業者なんだから、滅多なことにはならないと思うのよ」
「そうかもしれないけど……」
ナツミさんの説明を聞く限り、紹介されたのはおかしな業者ではないようだ。
それでも、ミチエさんは納得できない様子である。
「ミチエの気持ちは分かるわ」
そんなミチエさんに、ナツミさんが穏やかな声で理解を示す。
「私も、トオルたちには思うところがある。でも、だからって避けいたら、いつまで経ってもこの家は空き家のままよ」
そう言って、ナツミさんは自分の周り――部屋のあちこちへ、感慨深げに視線を巡らせる。
日に焼けた畳、所々に目立つキズのある壁や建具に、長年使い込まれた家具。この家にすっかり馴染んだそれら一つ一つを目で追った後、正面に座るミチエさんを見て、ナツミさんは寂しそうに微笑んだ。
「この家もずいぶん古くなったわ。このまま何もしないでいると、ご近所に迷惑を掛けてしまうかもしれない。かと言って、使わない家をリフォームするような余裕、私にもミチエにもないでしょう?」
「それは……そうね。無い袖は振れないわ」
諭すようなナツミさんの言葉に反論しかけたミチエさんは、けれども諦めたように力なく頷いた。
「この家は、私たち家族の思い出が詰まった大事な家よ。だからこそ、私たちが最後まで責任を持たなくちゃ」
決意に満ちたナツミさんの声が、静かに部屋に響く。
ナツミさんが、こんなにも私のことを思ってくれているなんて。
私はなんて幸せ者なんだろう。
世間では、空き家のまま放置され朽ちていく家も多いと聞く。
そんな中で、ナツミさんは「最後まで責任を持つ」と言ってくれた。
ご家族に見送られて家としての役目を終えられるのなら、こんなに幸せな最後はない。
願わくば、お子様方ごきょうだいが昔のように三人仲良く揃って見送ってもらえれば。
トオルさん夫妻が相談したという業者。
その業者が間に入ることで、ナツミさん・ミチエさんとトオルさん夫妻の溝が埋まらないだろうか。
梅雨空から差し込む日差しのように、私の胸にも一筋の希望の光が差し込んだ。
『私は空き家』とは
「空き家」視点の小説を通じて、【株式会社フル・プラス】の空き家活用事業をご紹介いたします。
※『私は空き家』はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。