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【小説】私は空き家(吹田市築53年)3

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「はじめまして。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
梅雨晴れのある午後、スーツ姿の女性がやって来た。トオルさん夫妻から依頼されて来た、業者の社員だ。
「経験豊富なベテラン」といった風情の女性は、出迎えたナツミさんとミチエさんに玄関先で丁寧に挨拶を行った後、家へ上がった。

「トオルさんご夫妻から、ご事情はうかがっているのですが。ナツミさん、ミチエさんからも、お話を伺いたいと思いまして」
居間に落ち着いたところで、業者の女性がそう切り出した。

「事情……あの子たち、どんな話をしてるんですか?」
表情を曇らせたナツミさんが聞き返す。ナツミさんの隣りでミチエさんも、しかめっ面で腕を組んでいる。

「お父様の相続時に、こちらのご実家をどうするかでお姉様方と揉め事があったと。
トオルさんは、自分の希望を伝えるだけで、お二人の希望をちゃんと聞かなかったことを悔やんでいらっしゃいました。
奥様のトシミさんも、トオルさんが意見を言いやすいようにフォローしたくて、ついつい出過ぎてしまったと反省されていて。ごきょうだい3人で納得のいく結論を出してもらうのが希望だとおっしゃっていました」
女性が穏やかに話す言葉に、ナツミさんとミチエさんの苛立った雰囲気ふんいきが少しやわらかくなる。

「あの子たち、そんなことを」
「あの時は頭に血が上っていて、売り言葉に買い言葉になってしまったのよね」
冷静に話し合えなかったことを反省するミチエさんに、ナツミさんも同意する。
「私だってそうよ。時間が経ったからこそ、今、こうしてあの子たちの言葉を素直に受け止められるのかもしれないわ」
「そうね……あの時なら、何を言われたって拒絶していたかもしれないわね」
姉妹がしんみりとうなずき合い、場に沈黙が下りる。一呼吸置いたタイミングで、業者の女性が口を開いた。

「このご実家をどうするか、トオルさんはお二人の意見を尊重したいとおっしゃっています」
管理や荷物整理などをナツミさんとミチエさんに任せきりにしていること、自分たちが大阪に戻ることはおそらくないであろうこと。
そうトオルさんの言葉を代弁し、女性は続ける。

「お二人は、こちらのご実家をどうしたいとお考えですか?」
女性の問いかけに、ミチエさんがナツミさんを見る。ナツミさんは一つうなずいてそれを受け、女性に向き直った。

「今日、お会いするにあたって、妹と話し合いました。私たちとしては、この家を売却したいと思っています」
ナツミさんとミチエさんがこの家――私をどうしたいか。ハッキリと意向を口にしたのを、私は初めて聞いた。

「売却」
先日、二人がこの部屋で話していた時から、予想はしていた。きっとそうなるだろうと、覚悟もあった。
けれど、改めてナツミさんの口から聞くと、やはりさみしい気持ちが湧き上がってくる。
この家族と離れる時が、そしておそらく、家としての役目を終える時が。もう間もなくやって来る。

「トオルさんから、お二人はこの家をとても大事にされていると伺いました。手放してしまって、本当によろしいのですか?
改装して賃貸に出す、といった活用方法もございますよ。立地が良いので、借り手は十分つくかと思います。当社には様々活用プランがございますので、費用面でもご相談に乗れるかと」
そう提案する女性に、ナツミさんはさみしそうに微笑ほほえんだ。

「実は、子供たちにも意見を聞いてみたんです。そしたら、この家のことはお母さんたちの代で何とかして欲しい、って。うちの子たちも、ミチエの子も、同じようなことを言っていました」
「先程の活用のお話を聞くと余計、惜しい気持ちになるんですけれど……でも、残しても子供たちの負担になるのなら、この機会に手放してしまいたいと思います」

ナツミさんとミチエさんの言葉に、女性は「分かりました」とうなずいた。
「それでは、売却ということで進めてまいりましょう。ごきょうだい皆様が納得の上でこの家を手放すことが出来るよう、精一杯お手伝いいたします」
「ありがとうございます」
「よろしくお願いします」
そう言って、業者の女性とナツミさんとミチエさん、双方がお辞儀じぎした。

女性の誠実な受け答えを見ると、信頼に足る業者ではないかとひとまず安心する。
女性の言うとおり、きょうだい3人ともが納得のいく結果になって欲しい。私のことで、きょうだい間に遺恨いこんが残るようなことだけはけてもらいたい。
それが私の、この家族を見守り続けてきた家としての、最後の願いだ。


「まずはご確認ですが。この家の名義は亡くなられたお父様のままですよね?」
「そうです」
女性の問いかけに、ナツミさんがうなずく。

「売却にあたって、家の名義を売主にする必要があります。名義をお父様から変更する『所有権移転登記』を行いますので、登記費用がかかります。
また名義ですが、ごきょうだい3人での共有名義にするか、どなたか代表の方の名義にするのか。話し合いが必要かと」
「売却する前に、費用が必要になるんですね。入ってくるばかりでもないわけか」
ミチエさんはメモを取りながら、困ったように眉尻を下げる。

「そうなんです。登記にあたって、住民票や印鑑証明なども必要となりますので、細々したところではそういった手数料もかかってきますね。
ちなみに、共有名義にすると皆様に書類をご用意いただく必要がありますが、代表名義ならお一人分で済みます」
「なるほど。代表名義のほうが、手続きが楽そうですね」
「そうね。手間も費用も、時間もかからなさそう」
女性の説明に、ナツミさんとミチエさんがうんうんとうなずく。

「あとは、荷物整理ですね。荷物については、売主様のご負担にて処分いただくことになります」
「それも頭の痛い問題ですね。この2年、私とミチエで少しずつ片付けてはいるんですけど、なかなか進まなくて」
「大きな家具や家電の処分は、自分たちだけでは厳しいと思っていたところなんです」
そう言って、ナツミさんとミチエさんは困ったように顔を見合わせる。
二人の言葉どおり、家の中にはまだまだ荷物が残っている。
不用品の処分は少しずつ進んでいるようだが、ミチエさんが言うように、大型の家具や家電は手つかずのままだ。

「ご自分たちで進めるのが難しい場合は、費用はかかりますが、荷物整理を専門の業者へ依頼するのも一つの方法かと。
あとは、不動産業者が買主となる『買取り』での取引の場合、荷物をそのまま売却できるケースもあります」
「そんなことも出来るんですか!?」
「はい。ただ、売却価格は少し下がってしまいますが」
「でも手出しがないのは、負担が少なくて良いですね」

女性の説明にナツミさん、ミチエさんが質問を挟む形で、和やかにやり取りが進んでいく。
そうしてあらかた説明を終えたところで、女性が切り出した。
「出来れば一度、トオルさんも交えて、ごきょうだい皆さんで話し合う機会を持たれてはいかがでしょうか。
トオルさんはお二人の意見を尊重するとおっしゃっていますが、家の登記名義を移すとなると、法定相続人全員の同意が必要となりますし」

「そうですね……」
「必要なことですものね……」
歯切れの悪い二人の返事に、業者の女性が「何か気にかかることがありますか?」とやわらかくたずねる。

「もう2年も顔を合わせていないので。最後に会った時が、散々さんざんでしたし……どんな顔して会ったらいいか、気まずい気持ちはあります」
率直そっちょく戸惑とまどいを口にするナツミさんに続いて、ミチエさんも自身の不安を口にする。
「こうして間接的であれば、トオルの気持ちも素直に聞くことが出来るんですけど。本人を目の前にして冷静でいられるか……少し自信がないです」

「お二人のお気持ちも、よく分かります。
皆さんが顔を合わせないまま、当社や司法書士の先生が間に入って、意思確認や手続きを進めていくことは可能です。
けれど売却してしまうと、ごきょうだい揃って、このご実家につどう機会がなくなってしまうんですよ」
女性の言葉に、ナツミさんとミチエさんがハッと表情を改める。
それを目にめながら、女性が続ける。

「トオルさん、今はこちらの鍵をお持ちじゃないんですよね?
トオルさん、おっしゃってたんです。せめて一度でいいから、また実家に帰りたい、って」
女性の言葉に、ナツミさんもミチエさんも、くしゃりと顔をゆがめる。
トオルさんの言葉に、そして、込み上げてくるものをこらえるかのようなナツミさんとミチエさんの表情に、私も胸がいっぱいになる。

元々、3人は仲の良いきょうだいだった。
仲が良い分、遠慮えんりょなく思ったことをぶつけてしまい、こじれてしまったのが2年前。
私が原因でこじれた仲なら、私をきっかけ仲直りしたらいい。
またこの家で、3人揃って仲良く笑い合って欲しい。

「わかりました。トオルと、一度ちゃんと話し合ってみます。この家で」
ややあって、気持ちを落ち着けたような静かな声で、ナツミさんが言った。
その横で、ミチエさんが何度もうなずいている。

「ありがとうございます。トオルさんには?」
女性の問いかけに、ナツミさんが照れたように笑う。

「申し訳ありませんが、伝えていただけますか? 少し、気恥きはずかしくて」
「仲直りは直接会って、ね」
ミチエさんもそう言って、くもりのない表情で微笑ほほえんだ。


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『私は空き家』とは
「空き家」視点の小説を通じて、【株式会社フル・プラス】の空き家活用事業をご紹介いたします。
※『私は空き家』はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

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