fula エッセイ(68)

捻くれ者なだけでしょうが。

二十歳を祝う会で振袖を着ている人たちを見ていると、
「ああ、良い人生歩んでるなあ」
と思い込んでしまって、
私は深く落ち込んでしまう。

妬みがすごい。

振袖を着ている人たちを見て
「良い人生歩んでる」と思ってしまうのは何故なのだろうか。

それほどに、私の見えている世界は、
ある一つの価値観が、メジャーな生き方が大きく据えていて、
それにそぐわない生き方をした瞬間に
私の自己肯定感はすぐさま消え失せてしまう。

ひとりひとり、細かい部分まで見ていると、
誰しもが、道を外れているだろうし、
外れた道を歩むあなたが、
唯一のあなたらしさになるんだろうけど。

なんだかわたしは、
もう、わたしらしさは滲み出ているものと思っていて、
それは良いところもあれば醜いところもある。

もう滲み出ているのはわかってるので、
不特定多数に埋もれていたい。

今のわたしが自意識過剰というニュアンスではなく。

わたしについて悩みたくない。

わたしのあり方なんて考えたくない。

と例えたら良いのでしょうか。

疲れました。
わたしは今、みんなが楽しんでいるとつらく思えてしまうようです。

逆に、悩む人に出会ったら、
わたしは、ひとりじゃない。
心の支えができるような気がします。

とかいう不安定な状態でして、
なんだかフラも、
フラを楽しんでやってるのか?楽しんでまたやりたいか?
なんて思っちゃったり、
フラよりもああ、フラで会ったみなさんと、
この現実に嫌気をさしながら、
寄り添い合いたい、
なんだかこの世界、嫌だね。
なんて、抽象的で馬鹿馬鹿しいため息混じりの愚痴も、
うん、そうだね。
と、つい返しちゃいたくなるような、
つまらないけど愛おしいコミュニケーションを。

逃げてしまうことしかできずにいるわたしは、
やはり逃げてしまうことしかできず、
でも逃げてしまっても、
大丈夫。とわたし自身で慰めたいな。

わたしの周りで繰り広げられる話題は、
ちゃんと大人になっていて、
結婚どうこう、うちの子どうこう、
仕事がどうこう、給料がどうこう、
NISAがどうこう、転職がどうこう、
しかしわたしはもうついていけません。

いま、寂しい気持ちです。
このアカウントなんてどうでもいいとか思いそうになったときもあったけど
(ここ最近音沙汰なしであったこと)
寂しさはどう解消できるのかわからなくなってしまった。

ふと、わたしはフラで出会ったみなさんと
コミュニケーションが取りたくなりました。

DMも返したり返さなかったり(返さないがほとんど)、
リプライは基本しなかったりしてきたんですけど、
フラのサービスを介さなくとも、
一つの拠り所としてコミュニケーションしてみたくなった。

これはどのような形で昇華されるのかわからないです。
会ったことある人用にアカウントをつくりリプライし始めるのか、
DMで個別にゆっくりやり取りしていくのか、
もらったDMをきっかけに考えたことをnoteに書いていくか。

ふと思いついたことでもあるので、固い意志はないのですが、
もしよければみなさん、DMお待ちしてます。
日々の悩み、先行きに対する不安、仕事や人間関係の愚痴、
地震の被害に対して何もできておらず負い目に感じるわたし(わたしです)、
自民党はいつ破壊されるのか、
会計責任者だけが罰せられ権力を持つ議員はスルーされてしまうやるせなさ、
みなさんのお話を聞きたいです。

リアクションできるように努めます。。
わたしの労力に無理がない範囲で。。

今後ともよろしくお願いします。

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