ハーバード見聞録(4)

ハーバード大学界隈の散策(2月7日の稿)

「ハーバード見聞録」のいわれ
 本稿は、自衛隊退官直後の2005年から07年までの間のハーバード大学アジアセンター上級客員研究員時代に書いたものである。


6月4日午後、ヴォーゲル邸の二階に住んでおられる鹿島教授が、ハーバード大学界隈を案内してくださることになった。出発前に、階段を登ってきて私の屋根裏部屋に立ち寄り、しばし懇談した。鹿島教授はある国立大学大学院図書館情報メディア研究科に所属されているとのこと。当地ボストン大学でアメリカとカナダのミュージアム(博物館、記念館、資料館)について研究されている由。教授は御自分の研究にちなんで次のように話された。
 
「今回の研修期間中に、アメリカやカナダのミュージアムを見て回るのが楽しみです。各ミュージアムはそれぞれのテーマを持っていて、そのテーマに基づいて資料を集め、展示要領を工夫しています。ご承知のように中国や韓国では『反日』をテーマにしたものが多い。また、中国では当然のことですが共産党の正統性を強調しています。アメリカやカナダでは多民族を一つに纏め、国の偉大さを強調するテーマが多く見られます。ただ、先住民をどう位置づけるかについては微妙に差があるようです。
日本の資料館の多くは所謂『自虐史観』に支配されているのが特徴です。特に第二次世界大戦の資料展示(広島・長崎の原爆資料館や特攻隊の各種資料館など)はその好例です。かつて、私が日本の学界でこの点を指摘したところ『あなたは昔の国家統制を正当化する資料館を勧めるのですか』と強い抗議がありました」
 
私はこれに対し次のような感想を述べた。
 
「先生のご説明は、自衛隊勤務時代、インテリジェンスを専門にやって来た私にとっては極めて面白く、興味深いものです。諸外国のミュージアムは、それぞれ国家戦略・政策に基づく〝目的〟をもって、国民あるいは工作対象国に対して情報操作・洗脳をしていると、私は理解します。日本だけが世界的に見て例外的に『自虐史観』に基づく展示をやっているというご説明も興味深いですね。その『自虐史観』は、日本自身の判断のように偽装して実はアメリカ、ロシア、中国、南北朝鮮などの国益に沿うように使嗾されているのだと思います。その点では、朝日新聞や毎日新聞などの主張も同じだと思います。
日本国民に戦争のトラウマを助長し、アメリカ、中国、韓国、北朝鮮などの諸外国に対して、日本に『歴史問題』をあげつらう口実を与え、〝国益〟ではなく〝国損〟を目指すものですね。何とも悔しいですね。
大東亜戦争終結後、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は日本占領政策の一環として「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP: War Guilt Information Program)」を実施し、日本人の心の中に強制的に踏み込んで、徹底して戦争についての罪悪感を植え付けるための宣伝計画・工作を実施したと言われますが、広島・長崎の原爆資料館や特攻隊の各種資料館などは、それがまんまと成功した証左ですね。
日本の『自虐史観』に基づく資料館展示にはアメリカだけではなく、中国も、韓国・北朝鮮も、内心「しめしめ」と小躍りしていることでしょう。中国も、韓国・北朝鮮も、『自虐史観』に染め上げられた日本に対して、半永久的に歴史問題をネタに甘い汁を吸い(既に終了したが中国に対するODAがその例。また、韓国の従軍慰安婦問題や徴用工問題も同じ)、時の政権が弱体化すれば『反日カード』を振り翳すわけですね。
日本人が『自虐史観』から抜け出すためには次のようなことが必要だと思います。
第一は、マインド・ルネッサンスの必要性。日本は敗戦後アメリカの弱体化政策とソ連を始めとする共産主義国家勢力の思想攻勢で2000年余にわたって育んできた精神的価値観(それは新渡戸稲造の「武士道」に著されているような日本人独特の精神構造)が損なわれてしまった。その結果が今日の混迷を招来したものと思います。われわれ日本人は教育改革などによりこれらの精神的価値観を復古・回復――スピリチュアル・ルネッサンスーーが必要だと思います。
第二は憲法改正に全国民が本気になって取り組むことが不可欠です。現在では、もはや憲法改正は既定の路線となりつつある(筆者がハーバードに遊学した頃は、憲法改正についての世論が高まりつつあった)。このような状況の中で日本のインテリのオピニオンの一翼を担う朝日新聞や毎日新聞などの左翼メディアが共産党や社民党と瓜二つの論調で、未だ憲法改正そのものに反対し、憲法改正の中身、引いてはあるべき国家像を提示して、世論を喚起することを怠っているのは国家的に不幸だと思います。戦後の『マッカーサーのお仕着せ憲法』をようやく日本人そのものの手で改正する好機が到来しつつあります。左翼も右翼も含め、日本人はこぞって、本気になって憲法改正に取り組むべきだと思います。
このような国家・民族の基本にかかわる精神復興や憲法改正を通じ、われわれは閉塞した現状から21世紀を啓くことができるのではないでしょうか」
 
私もハーバードに来たせいか、精神が高揚して、鹿島教授にひとしきり「書生論」のような話をしてしまった。出会いの早々からこれでは。「しまった」と後悔した。
盛り上がった話を中止して、ハーバード大学界隈の散策に出かけた。私は、元歩兵の自衛官として、ハーバード大学界隈の散策を「兵用地誌(戦争地理・Military Geography)」についての情報収集・偵察にでも出かけるように気込んでいた。困った老兵だ。私はまるでフランシスコ・ザビエルの日本布教あるいは河口慧海のチベット紀行に出発するような心持だった。皆様お笑になるだろうが。

世界に冠たる智の殿堂・ハーバード大学の初印象。赤レンガの古色蒼然とした建物、新緑の大樹、綺麗に刈り込まれた芝生、大学の名前の由来となったハーバード牧師をはじめとする数々の銅像が渾然一体になり、世界に名高い同大学の何とも言えない「学研の聖地」という雰囲気を醸している。北海道に自生するハマナスがあちこちで咲き誇り甘い香りを漂わせている。気候が北海道に似ている証左か。鹿島教授によれば10日ごろ、屋外の芝生の上でのコメンスメント(卒業式)が予定されている由。緑の芝生の上に白い椅子が整然と並べられ、準備が進められていた。当日見学したいと思ったら、見学者は卒業生1人当たり3名と制限されているという。赤の他人の私には無理だった。好天の中、界隈には観光客が溢れていた。

【後記】
 2021年3月4日、ある新聞社のワシントン支局勤務の記者(N氏)と、「ある企画」の取材を兼ね、Zoomで小一時間話をする機会があった。彼は、私がハーバード大学・アジアセンター上級客員研究員の時、留学生でボストンに滞在されていた。

N氏のアメリカにおける取材活動の一端を聞いた。コロナ禍、米中覇権争い、人種問題(その間大統領選挙)などで激動するアメリカで、N氏が、日本の読者に『よりきめの細かいアメリカの真姿』を伝えようと涙ぐましい努力をされていることが、ひしひしと私の胸に伝わった。

日頃、著作や記事・講演などでメディアに冷たい言葉を投げつけていた私も、N氏の危険を省みず懸命に取材(筆者流に言えば「情報活動」)されている様子を聞き、粛然として、心から反省せざるを得なかった。

2021年、ダイレクト出版の主催で、三回にわたるビデオ講座で「陸軍中野学校シリーズ」を実施したが、同校が教育した「謀略は『誠』なり」の教育理念は、日本人の精神・民族性・文化の発露だと思った。今回、N氏とのズーム会話を通じ、日本のメディア記者も陸軍中野学校卒業生と似たようなメンタリティ――「誠」をもって取材に打ち込む姿勢――を持っていることを知り、頼もしくも心強く思った。

世界各地で取材(情報)活動を展開されている日本メディア記者のご活躍・ご無事を改めて祈りたいと思う。


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