不可能な理解
前提を埋めぬ議論は形だけで本質的には何も生み出さない。
理解したという高慢さが招く誤解は、前提を埋めない議論を作り出す。
本当の理解とは、「理解などしてはいないと、耳を傾き続けること」であり、誤解と自覚できる誤解など最初から存在しない。
理解したということ自体が既に誤解であり、得られたものは個人の見解にしか過ぎない。
人は全てにおいて同じ経験を共有することなどできないのだから。
相手の言葉を本当に理解できることがあるとすれば、その言葉が人類共通の真理である場合だけだ。
はたして、真理など存在するのだろうか。
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