【試し読み】 谷淳(著)山形浩生(翻訳協力)『ロボットに心は生まれるか:自己組織化する動的現象としての行動・シンボル・意識』(「はじめに」より)
『ロボットに心は生まれるか――自己組織化する動的現象としての行動・シンボル・意識』が2022年7月1日に発売されました!
20年にわたる研究を経て、ついに「心とは何か」という問いに対するひとつの図式を示しえたエポックメイキングな一冊。ロボット研究者のみならず、広く「心」と「意識」に関心のある方々にも有益です。
著者の谷氏が英語で書いた原文を、当代随一の翻訳家である山形浩生氏が日本語訳し、その上にあらためて谷氏が最新の知見を追記するという、たいへん贅沢な作りとなっております。すでに原書をお持ちの方も、谷氏の現在の思考に触れることのできるまたとない機会といえます。
ここでは試し読みとして、本書の「はじめに」から一部を公開します。
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*本記事は2022年7月1日発売の『ロボットに心は生まれるか』から該当部分を転載したものです。
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はじめに
心は実に捉えどころがなく,その根底にある仕組みの推察は今なお大きな課題となっている。本書は過去20年にわたるロボットの心の工学的再構成実験を通して得た,具体的なデータを元にして,心の仕組みとして考えられる明確な図式を示そうとするものである。
本書の基本的な提案は,心は「創発現象」であるというものだ。それは外部世界と積極的にやりとりするための,トップダウンの主観的な見方と,その結果として生じる知覚現実についてのボトムアップの認識との間の,しばしば対立する,込み入った相互作用を通じて生じる。この中核的な発想は,心と認知の各種の根本的な側面を説明するための足場を提供できる。トップダウンとボトムアップのプロセス相互作用を解きほぐせるということは,複雑な行動,知識,世界を表象する概念や,体験を表現するための言語能力を発達させるための技能が,自然に発達できるということだ――そしてこの「組み合わせ合成的」ながらも流動的な思考と行動を可能にする「コギト」は,ダイナミックな神経情報構造に埋め込まれているようだ。
ここでの重要な議論は,このコギトはデカルト的な心身二元論に内在する問題から逃れることができるということだ。そうした問題とは,非物質的な心が物質的な身体や世界にどのようにして作用し,また作用されることがなぜ可能なのか,といったものだ。そうした問題が回避できるのは,ダイナミックな作動を繰り返す神経システムの連続状態空間に埋め込まれたコギトもまた「物質」であって,記号系象徴体系や論理で構成された非物質ではないからだ。だからコギトは外部世界と「物理的に」相互作用できる。片方が少し前に出っ張ると,もう片方は弾性的に引き下がり,またその逆も起こり,そのような反復的な相互作用を通じて対立的状況での妥協点が見つかる。さらに意識のトリビアルでない問題(デヴィッド・チャーマースが「意識のハードプロブレム」と呼んだもの)と自由意志ですら,意識もまたそうした対立的な相互作用から必然的に現れてくる「物質」の創発現象なのだと考えることで,手をつけやすくなる。ここで言う「物質」は,オープンエンドな世界で変わり続ける現実を理解しようとする,コギトの果てしない試行の繰り返しの中で活発に生きている。この主張――心の働きについての私なりの提案――のそれぞれは,分野横断的な議論を振り返ることで系統的に検討される。主に神経科学,現象学,非線形力学,心理学,認知科学,認知ロボティクスといった分野を検討しよう。実は本書は,ヒューマノイドロボット,ハイデッガーの哲学,深層学習ニューラルネット,カオス理論のストレンジ・アトラクター,ミラーニューロン,ギブソン心理学といった要素の,いささか風変わりながらも啓発的な組み合わせを通じて心を理解する独得のやり方を目指しているのだ。
本書は,多分野の読者を念頭に置いて書かれている。それぞれの章は,各分野――認知科学,現象学,神経科学,脳科学,非線形力学,神経回路モデリング――についての概要やチュートリアルを提示するところから始め,その後に,心を構成すると考えられる,創発的な現象との具体的な関わりの中で,それぞれについて検討する。それぞれのトピックについての簡単な紹介を提供することで,この問題について特に興味のある一般読者や学部生たちも,ニューロロボティクス実験を記述した本書のもっと専門的な側面も楽しく読み進められるものと願いたい。
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