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ある日の日記より。スイカを救い枯れ葉に救われた。

7月某日。晴れ時々曇り。猛暑。

1980円と1580円のスイカがあった。
大きさも重さもほとんど同じなら安い方を買うところだが、今日は高い方を買った。
値段なりの違いがあると思ったからだ。耐え難いような暑さのせいもあったかもしれない。
帰ってさっそく切ってみた。
やや赤味が薄かった。甘さはありそうだったが、収穫してから時間が経っている感じだった。(果肉がちょっと柔らかだった)
調べてみると、蔓が茶色くなったものは新鮮ではないのだという。
(まさしく蔓は茶色だった)
もしかしたら誰も買わずに売れ残っていたスイカかもしれない。
どんなものであれ今のご時少しでも値段の安い方を選ぶ人が多いだろう。
でもスイカひと玉廃棄処分(かどうかわからないが)から救い出したと思えば失敗も善行に変わるというものか。
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アキ・カウリスマキ監督の「枯れ葉」をもう一度観る。
題名の枯れ葉が意味することをわたしになりに考えた。
エンディングに流れる歌にヒントがあったように思う。
木の葉を人生に例える。
木の葉はいずれ枯れ葉となって散っていく。
緑濃い新緑の頃も深みある鮮やかな紅葉の頃もあっという間に過ぎ去る。
どんな未来が待っているにせよ、今という時を精一杯心豊かに楽しく生きよう。
いつか枯れ葉となり過ぎ去った日々を思い出す時が来る。
その時に脳裏をよぎる思い出は、美しい輝きと温かな幸福に満ちたものであってほしい。
......こういうことかと思う。
映画の中の台詞を借りるなら、わたしはまだ最終タクシーに間に合うだろうか。
自信はないけど間に合うような気もする。
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