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図書館におけるブルシット・ワーカーの事例

図書館に、こんな人がいます。
仮にXさんとします。

Xさんは職員として図書館に出勤しているので、傍目には「司書さん」に見えるかもしれませんが、まったく司書ではありません。

人事異動で図書館に配属された一般職員です。

貸出・返却やレファレンスなどの利用者対応、配架や書架整理、本の装備や分類・書誌データ作成、展示の企画、壊れた本の修理など、世間でイメージする図書館司書の仕事はいっさいやっていません。

私の見る限り本好きでもなく、まして図書館というものに何の愛着もなく、自身で何かを深く研究した経験もなく、情報検索やデータベースの専門知識もないようです。

では何をしているのかと言うと、「管理」です。

Xさんは予算管理を担当しているので、部署としての図書館に割り当てられた予算数千万円の使途に関わることは、すべてこの人のハンコが必要になります。
上記のようなわけで現場の司書はXさんの見識をまったく信用していませんが、それでもお金のかかることを申請するたびにこの人の判断を仰ぎ、承認を取らなければいけません。
そしてほぼ100%、何かケチを付けられます。
たとえば展示に使うディスプレイ用品や、修理製本の道具を申請しても「それほんとに要る?」とか「もっと安いものを探して」と1回は差し戻されます。展示の見映えや本の長期保存、耐久性を考えるとこれくらいの品質が必要ですと説明しても「自己満足じゃないの」と冷笑された人もいます。

Xさんは除籍にもかかわっていますが、図書館資料に対しても「これ本当に要る?」「スペース取りすぎじゃないの?」という目でしか見ません。資料価値がわからないため「受入年度」「貸出回数」「複本の有無」しか判断基準がなく、捨ててはいけない本を捨ててしまうのではないかと、こちらとしては気が気ではありません。その割に「外部に倉庫を借りるために見積もりを取って業者を選定する」ような業務には熱心です。

最大の問題は、Xさんが現場の司書を「ともに働く仲間」ではなく「コスト」もしくは「定額使い放題のサブスク」と見なしているとしか思えないところです。

誰かの業務量に余裕があるように見えると、すかさず仕事を振ります。たいていは移動などの力仕事か、Excelシートにひたすら数字を入力するような単純作業です。そこまでして今やる必要があるのか疑問なことばかりで、正直そんなことに労力を使うなら遊んでてもらったほうがマシなんじゃないかというくらいですが、Xさんとしては同じ給料を払うなら働かせないと損だと思うのでしょう。

Xさんは業務委託費の管理もしているので、当然ギリギリまで値切ろうとします。単価を下げ、時間数を減らし、一方で業務負担は増やそうというわけで、業者さんとしてはたまったものではありません。委託チームのリーダーなどは、最近Xさんが近づくだけで「警戒色」になっているほどです。

そのくせ年度末までに業務委託費が半端に余りそうだとなると、使い切るために突発的なスポットワークを発注します。
ベテラン司書が朝から晩までデータ入力させられて楽しいか、目や肩・腰を痛めないか、この単価で生活できるのか、シフトが不安定になって迷惑ではないか、などと考えないのでしょうか。

私のような直接雇用の非正規司書が委託スタッフと協働することも許さないので、図書館では雇用形態による分断が進みました。
私としては何の専門知識もないXさんに使われるよりプロの司書である委託スタッフと協力したほうが仕事がはかどります。委託さんたちも「武士の情け」というか、雇用形態は違えど同じ司書のよしみで私にもさりげなくあれこれ助けてくださるのでとても感謝しています。
Xさんはそれも気に入らないようです。「非正規同士で勝手に仕事を融通するな」と言ったり「晴れるさんは忙しいとか言いながら委託スタッフとおしゃべりして本当はヒマなんじゃないの」と嫌味を言われたこともあります。
(Xさんにはわからないでしょうが、目録担当者にとって専門知識のある人と目録規則について確認したり、判断に迷うケースを相談したり、珍しい書誌データの事例を共有したりすることは重要で、かつ楽しい時間です。楽しそうにしていたのがまた気に入らなかったのでしょうが)

こうしたことはXさん個人の性格の問題と考えることもできますが、「予算担当」であることも無視できません。むしろ二つの相乗効果でこうなったとも考えられます。

言うまでもなく図書館の予算は組織のお金であり、Xさんも雇われ労働者に過ぎないのですが、まるで自分のお金であるかのように守ろうとするのが不思議です。業者さんにしても「予算」に頭を下げているだけでXさんに下げているわけではないのですが、そうは思わないようです。

Xさんは誰も幸せにせず、1ミリの価値も創造していないのですが、上から見たら経費削減して成果を上げているように見えるのかもしれません。

Xさんに現場の司書の何倍もの給料を払うのはムダではないのか、という気もしますが。

デヴィッド・グレーバーの著書『ブルシット・ジョブ』のなかで、こんな事例が紹介されていました。
優秀な職人がたくさんいて高品質の商品を製造し、業績も好調な工場がありました。お金に余裕ができたのでホワイトカラーの社員を雇って管理部門を強化したところ、なんとその人たちは経費削減のために職人を全員解雇し、工場を海外に移転させてしまったのです。

図書館もそんなことにならないか心配です。
管理という名の怪物が仕事を食い荒らす社会が心配です。

ちなみにXさんはなぜか「おやつ配り」が大好きで、よくアイスやケーキやドーナツやおせんべいをみんなに振舞ってくれます。もちろんポケットマネーです。決してケチな人ではないのです。
その様子だけ見るとなごやかでいい職場のようですし、Xさんなりのねぎらいの気持ちでもあるのでしょうが、我々は犬ではないので、おやつ目当てに働いたりはしません。

仕事の報酬として、正当な対価が支払われること。
目の前の利用者の役に立つこと。
未来の利用者のために、図書館を守りつなげること。
尊敬できる仲間と協力し、切磋琢磨してスキルを磨くこと。
プロとして、知識や経験が尊重されること。
創意工夫ができること。
仕事を楽しめること。

求めているのは、こんなことです。





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