ボストン旅行記 -赤い線とクラシックな街並み-
その昔ドイツのミュンヘンを出張で訪れたとき、そのクラシックで荘厳な街並みを目にしてずいぶんと心を打たれた。そんなことについて文章に書いたりもした。
ただその後日談がある。ミュンヘンからアメリカに帰ってきたときにこれまたずいぶんとショックを受けた。それは「アメリカの街ってほんと歴史を感じないよな」ということだった。ぼくが住んでいるシアトルだけの話ではなく、旅行でサンフランシスコやポートランドなどの都市を訪れたときも感動こそあれど深い歴史を感じるということはなかった。少しドライな言い方をすればどの町も「つい数百年前に出来た新しい街」に過ぎずどこも似通っていると言えなくもない。ミュンヘンの話を持ち出したけれど、すごいのはなにもヨーロッパに限った話ではない。日本だって時間の流れを感じさせる風情のある場所はいくらでもあるというものだ(京都や奈良の例を出すべくもなく)。
ただボストンの街並みを歩いているとそんなアメリカへの印象も幾分か変わってくる。アメリカで最も古い都市のひとつであるこの街にはレトロで趣のある景色が広がる。こんなに散歩してて気持ちのいい場所もそうあるまい、という感慨を持った。
そんなわけで。今回はボストンを訪れたときのことについて綴っていきます。写真多めであれこれ思い出しながら書いていきます。滞在期間は2024年6月のこと。それでは行ってみましょう!
ボストン旅行の初日。滞在していた海辺のホテルで目を覚まし、さっと着替えを済ませ駆け足である場所へと向かう。
ホテルから歩いて3分。たどり着いたのはそう、ダンキン・ドーナッツだ。ただのドーナッツのチェーン店といえばそれまでだが、シアトルにはないのでアメリカ東海岸に来るとどうしても行きたくなる。ぼくだけかもしれないけれど。
「大量生産しました」って感じのドーナッツがずらりと並んでいる。フレーバーや形の違いを除けば、一つ一つのドーナッツには個性というものが与えられていない。ぼくはストロベリー味のドーナッツを一つと小さなコーヒーを頼んだ。
店を出て近くのベンチに腰を下ろす。そして買ってきたばかりのドーナッツを一口頬張る。
いやーーーなんとも言えない味。口の中でどうやっても美味しさが広がらない奥行きのなさがたまらない。どうポジティブに捉えてもそれ以上の評価を許さないダンキン・ドーナッツはある意味すごい。
コーヒーも一口。
いやーーーーーーーこれおいしくないよね? (笑)。でもこの安定のおいしくなさがぼくの心を深く打つのだ。「安くてうまい」じゃなくて「安くてそんなにおいしくない」っていう食べ物にだって居場所があっていい。安定感というものが時においしさを超えて価値を発揮することはあるのだ。
それはともかく、腹ごしらえをしたところで最初の目的へと向かう。
フリーダムトレイル
アメリカ建国や独立戦争の歴史を辿ることが出来るのが、ボストンにあるフリーダム・トレイルだ。全部で16個の史跡で出来たこの道は一つの赤い線で結ばれており、その赤い線を辿りながらアメリカ建国の父の足跡を辿ることが出来るようになっている。
ぼくはボストン・コモンというダウンタウン近くの公園からこの散歩を始めることにした。ぼくは有給を取って平日に訪れたわけだけど、公園は多くの観光客で溢れていた。なんと年間で400万人ものひとが同じようにここを訪問して散歩をするらしい。そして歴史ある史跡を辿って「はー」とか「すごいなー」とか感慨を漏らすわけだ。きっとそんなことを知ったらアメリカ建国の父も天国で喜んでいるに違いない。
レンガが埋め込まれる形で作られた赤い線がスッと伸びている。みんなこれを目印にしながらてくてくと歩く。
この「赤い線をひたすら辿りながら散歩する」というのがシンプルに楽しい。ところどころ線が途切れている場所もあったけれど、基本的には一本線が伸びているので道に迷わない。人生もこんな感じで前の道がスッと伸びてくれていたらもう少しラクに生きれるんだけどなと思う。まあそうもいかないわけですが。
この赤い線の上を歩いているだけで、ボストンの街並みを見ることが出来るのが素敵だ。ヨーロッパ的なクラシックな街並みは見ていて飽きない。街ゆく人々もどこかシュッとしていてパリッと決まっている印象。半袖半パンが似合う西海岸の人々とは違った印象を受ける。
全部歩き回るのには大体3時間ぐらいかかった。ネット上の情報だと1-2時間で回れると書いてあるけれど、途中で休憩したり目に止まったお店に足を運んだりしていると思ったより時間がかかると思う。一周終える頃には「旅をしている」という充実感が胸に溢れてくる。そこがまたよい。
クインシーマーケット
フリーダム・トレイルを午前中かけてじっくりと歩いたところでお腹も空いてきた。近くにあるクインシーマーケットでランチを食べることに。ここには新鮮な魚介類を中心とした地元のおいしい食べ物が揃っている。
ぼくはボストン名物のロブスター・ロールとクラムチャウダーを頼んだ。
このロブスター・ロールがまあ美味しいのだ。肉厚でぷりぷりのロブスターにレモンをさっと絞ってガブリとかぶりつく。ガーリックの香りが鼻につんと来る。口の中には甘みと旨みが広がる。ロブスター・ロール自体は珍しいものでもないしボストン以外でも食べることは出来るけれど、ボストンで食べるロブスター・ロールはなにかが決定的に違う。ここで味をしめたぼくはボストン旅行中にロブスター・ロールを見つけては食していた。旅の思い出はロブスターのおいしさと共にあるといっていい。
ビーコンヒル
午後の散歩はこの小さい街角で。ボストンで街歩きするならここは外せないように思う。レンガ造りの建物と古風な街並みは美しく、そして可愛い。こういう街で育ったらきっと品というものが身に付くんだろうなと思う。
ジャズ・クラブ巡り
夕暮れが近づいてきたところで思いっきり趣味の時間に入る。アメリカの街を訪れてはジャズ・クラブに足を運ぶのが自分なりのこだわりになっている。というわけでやはりボストンのジャズも気になる。この日は3つもジャズ・クラブをハシゴしたのでざっと紹介してみる。
The Beehive
最初に訪れたのがこの「The Beehive」という場所。基本的にはレストランになっていてお客さんは団体でご飯を食べにきているという印象。店内は広く、ざっと見積もって100人以上は入るんじゃないかという広さだった。店内は暗くレトロな感じで「大人が隠れて遊ぶ場所」という風にも見える。
ステージでは既に演奏が始まっていた。ギター・ベース・ドラムのトリオによる演奏。
でも誰も聴いていない。演者には観客の反応など気にしないといった決意すら見え隠れしている。それに対して観客はまるでそこでは演奏など聞こえてこないかのように振る舞い、談笑している。
音は非常によく演奏も申し分なかった。でもよく言う「観客と一体になって…」というような達成はここにはなかった。そこにあるのは演者と観客の間に敷かれた確かな断絶だ。
ぼくはこういう「BGMとしてジャズの演奏を聴かせる」というスタイルの場所が好きじゃない。個人的な趣味でしかないが、やっぱり聴くならじっくり耳を傾けて音楽を楽しみたい。そう思って次のジャズ・クラブへとそそくさと足を運んだ。
Wally's Cafe
ボストンのジャズを語るうえでこの「Wally's Cafe」を見過ごすわけにはいかないだろう。街で最も歴史のあるこのジャズ・クラブを訪れることが旅の一つの目的でもあった。ここは料理の提供はなく、ミュージック・チャージもない。ただお酒を飲みながら音楽を聴く場所になっている。
演者は明らかに大学生という感じで若い。でも揃って溌剌(はつらつ)とはしていない。きっと近くのバークレー音楽大学でジャズを学んでいる学生だろう。「人生は退屈だが音楽にだけは没頭できる」というような不器用な集中力が伝わってくる。
お客さんはじっくりと聴いている人もいれば、サックスやギターを抱えて次の出番を待っている人もいる。ジャズ・クラブの大人っぽい格好よさと若々しさのようなものが両方味わえる不思議な空間。それがぼくの率直な感想だ。
The Bebop
最後に訪れたのがここ「The Bebop」。バークレー・カレッジ・オブ・ミュージックの目の前に位置している。ここはローカルなバーというような趣でビールを飲むには持ってこいかもしれない。入り口近くにステージがあり、この日はお客さんが楽器を持って演奏するという催しだった。
ボストンでこれらのジャズ・クラブを巡って思ったこと。それは「練習場感が否めない」ということだった。ニューヨークのヴィレッジ・ヴァンガードで感じられるような「やるか、やられるか」のような独特の緊張感はここでは感じられなかった。まあとはいえ、こういう少し気の抜けた感じというのも一興かもしれないけれど。
流石にこの日は散歩をしまくってジャズ・クラブをハシゴしたのでクタクタだった。ホテルに戻ってぐっすりと眠りに着こうとする。「今日はどんな一日だっただろう?」と振り返って真っ先に思い出したのは、なぜかあのダンキン・ドーナッツだった。「もっと違うの思い出そうよ」と一人ごちたところで深く眠りについたのだった。
今日はそんなところですね。ここまで読んでくださりありがとうございました。少しでも気に入っていただけたらスキしていただけると嬉しいです。
ボストン旅行記はまだ続きます。お楽しみに。
それではどうも。お疲れたまねぎでした!