長期経営計画のすすめ Ⅳ.長期経営計画の策定 12.IT計画をつくる
1. ケーススタディ
明智「本日の会議のアジェンダはIT計画です。長期経営計画策定の中でITを一つのテーマとし計画を立てる理由を教えてもらえますか?」
前山「はい、以前の『Ⅱ.企業戦略_4. メガトレンドを調査する』において、メガトレンドとして "AI" と "人口動態" の2つを紹介しました。国内を中心にビジネスを展開していくわが社の長期的な成長において、この2つのトレンドを常に意識し、ITを手段として機会に変えていくような長期経営計画を策定する必要があります。」
専務「その通りですね。私はITのキャリアを積んできましたので、その必要は強く感じています。既存事業の人材紹介業においても個人側、法人側とのコミュニケーションにAIの活用はどんどん進むでしょう。」
社長「長らくわが社が行ってきた "人間が介在する価値" が大きく変わりそうだね。」
専務「そう思います。変化を拒むのではなく、変化を起こす側になりたいですね。」
明智「IT計画には費用計画もあると思いますが、ITに関する費用は年々増加しています。月額のライセンス支払いも社員数増加や値上げで膨らんできそうです。」
前山「では、IT計画の枠組みですが、"攻めのIT計画" と "守りのIT計画" の二つに分けます。攻めというのは、既存事業のシステムの抜本的な再構築や新規事業でのシステム構築になります。わかりやすく定義すると、『売上を上げる、経費を下げるためのIT計画』になります。守りというのは、今のハードウェアやソフトウェア、ネットワーク、セキュリティなどの維持、改修になります。わかりやすく定義すると、『売上を維持するためのIT計画』になります。」
専務「なるほど、わかりやすいですね。私は前職で、ハードやソフトのサポートが切れることを起点に、運用コストだけ比較しながら大規模なシステムの入れ替えを決定し進めるけど、だんだん何のためにやっているのかわからなくなる、なんて話をよく聞きましたね。」
社長「攻めのITと守りのIT、両方大事だと思うんだが、それぞれ考え方とかあるのかな?」
前山「はい、まず守りのITについては、今の売上を維持するためですので、やらない訳にはいきません。よってできる限り最小の費用や労力で行うことが大切になります。攻めのITについては、計画通りの成果につながることが約束されないケースが多いので、最も重要なポイントを見極めて、小さく試行錯誤を繰り返すことが大切になります。」
専務「今もそうですが、今後もIT人材の確保に苦労しそうです。しかし、できる限り内製化で進めたいと思っています。技術の変化が激しい中で、我が社のような中堅企業に所属していると技術者として成長できない、という問題はあるのですが、そこは私が先頭に立って技術者が望む環境と創っていこうと思っています。」
前山「大賛成です。まさにこの点は長期経営計画のIT計画の一つとして計画を立てていきましょう!」
(この後も活発な議論が行われ、専務中心に2030年までのIT計画を決定した)
2. IT計画のポイント
IT計画の一つ目のポイントは、守りのIT計画はできる限り最小の費用や労力で行うことです。ITの計画を立てる上で費用分配は重要になります。業種や規模により異なりますが、IT費用は売上金額の1~2%が目安となり、多くの企業においてIT費用は増加傾向にあります。IT費用の内訳としては、NRI社が行った『IT活用実態調査』では「新規開発費用」「保守・エンハンス費用」「運用関連費用」の3つに分類しており、その割合は約1/3ずつになっています。
日本企業のIT活用とデジタル化 - IT活用実態調査の結果から
第15回 IT費用の内訳 -新規開発への支出はどのくらいか
https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2024/scs/scs_blog/0530_1
この内訳における新規開発費用とは新しいシステムの開発に係わる費用であり、人件費、ハード購入費用、ソフト購入費用などが含まれます。保守・エンハンス費用とは既存のシステムの修正や再構築には至らないような機能拡張に係わる費用であり、人件費、ハード保守費用、ソフト保守費用などです。運用関連費用とは、上記以外の費用であり、システム運用費、ヘルプデスク維持費、センター設備・ネットワーク維持費、クラウドサービス利用料などです。
守りのIT計画とは主に上記の保守・エンハンス費用および運用関連費用に関わる部分が対象となります。守りのIT計画を検討する上で、近年のオンプレミスからクラウドへのシフトの加速を考慮する必要があります。初期投資の軽減、運用コストの変動性などの費用面のメリットが得られるようになりキャッシュフローの改善にも繋がっています。しかしながらネットワーク環境への依存、セキュリティリスクの増加、カスタマイズの制限、ベンダーへの依存が高まるなどの懸念があり、その懸念に対応するための費用も必要になります。またライセンス形態の費用は利用者の増加や値上げにより増加していきます。
クラウドへのシフトで柔軟性が高まるとはいえ、短期間でコロコロシステムを変更する訳にはいきません。守りのIT計画は3~5年間程度、長期的に検討する必要があり長期経営計画として計画することが有効です。それぞれの事業がどのように変化していくのか、売上や社員数の変化、外部環境の変化を見定めながら、できる限り最小の費用や労力で行うにはどうすべきかという観点で総合的に判断し、計画を立てることをお勧めします。
IT計画の二つ目のポイントは、攻めのIT計画は最も重要なポイントを見極めて、小さく試行錯誤を繰り返すことです。先ほどの内訳においては、攻めのIT計画とは新しいシステムの開発に係わる新規開発費用に関わる部分が対象になります。新規開発のテーマは、新規事業を立ち上げるためのシステム開発、既存事業の売上を大幅に増加させるためのシステム開発、事業や会社全体の費用を抜本的に減らすためのシステム開発などになります。
これらのテーマは不確定な要素が多く、計画通りの成果につながることが約束されないケースが多いため、投資金額が全く回収できないという事態に陥ることもあります。よってシステムを開発する際には、提供する価値とそれを実現する機能を一覧化し、その中で最も重要な項目に絞った上で小さく開発し、その価値の効果を測定し、徐々に広げていくことをお勧めします。「これがうまくいけば次はこれを開発する」という開発計画を事前に立てておけば、開発のやり直しやコストの膨張は防げるでしょう。
IT計画の三つ目のポイントは、社内でIT人材の確保し育成することです。先ほど紹介したNRI社が行った『IT活用実態調査』において、IT費用の用途の内訳では「社内人件費」「外部委託費」「外部サービス利用料」「機器調達費・通信費」の4つに分類しており、その割合は以下の通りです。
日本企業のIT活用とデジタル化 - IT活用実態調査の結果から
第16回 IT費用の内訳 -どのような用途に使われているか
https://www.nri.com/jp/knowledge/blog/lst/2024/scs/scs_blog/0711_1
この割合において最も大きいのが外部委託費になっています。外部委託する主な理由は、システム開発する技術力を保有していない、開発する人材が少なく開発期間が長くなるためでしょう。私が社長を務めた前職では、社内に開発人員を確保しながら、必要に応じて外部企業に委託していました。業務の切り分け方針は、攻めのITは内製化、守りのITは外部委託でした。攻めのITは前述したように最も重要なポイントを見極めて、小さく試行錯誤を繰り返すことが重要になります。その試行錯誤をする際に外部企業への委託だとどうしてもコミュニケーションがスムーズにいかず、その結果、費用が増加していくという経験をしました。攻めのITには新たな技術を用いることが多く、社内の人材が技術を習得する費用や時間がかかるのですが、会社の技術力の蓄積や社員の成長を考えた上で判断しました。
IT人材は不足しており、その状況は続くと思われますので、人材を採用し定着してもらうには環境構築が不可欠です。賃金については他の職種とのバランスや公平性など考慮する必要はありますが、市場水準を見ながら最適な金額設定をする必要があります。育成についても技術変化のスピードが速いため、知見のある上司が指導するだけでなく、能力開発するための支援を積極的に整える必要があります。何年後に、どのようなスキルを保有するIT人材を、何人確保するのか?、そのためにどのような対策を講じていくのかを、長期経営計画において計画を立てておくことをお勧めします。
今回は以上となります。次回は「Ⅳ 長期計画の策定 13.リスク管理計画をつくる 」について書くつもりです。
【目次(案)】
Ⅰ 方針
1. 目的を決める
2. 期間・更新を決める
3. アウトラインを決める
4. スケジュールを決める
5. 体制を決める
Column 事例を調査する
Ⅱ 企業戦略の現状分析
1. MVVを振り返る
2. 事業構成を分析する
3. コア能力を再認識する
4. メガトレンドを調査する
5. 成長市場を調査する
6. 企業会計を分析する
7. 人的資本を分析する
8. 現状分析のまとめ
Column 長期経営計画は企業戦略でつくる
Ⅲ 事業戦略の現状分析
1. 事業業績を分析する
2. 内部環境を分析する
3. 外部環境を分析する
4. 現状分析のまとめ
Column 経営計画の先行研究
Ⅳ 長期経営計画の策定
1. 長期ビジョンを決める
2. 企業ドメインを決める
3. 事業ポートフォリオを決める
4. 成長戦略を構想する
5. 新規事業戦略を決める
6. M&A戦略を決める
7. 業績計画をつくる
8. 投資計画をつくる
9. 要員計画をつくる
10.人材確保・育成計画をつくる
11.組織計画をつくる
12.IT計画をつくる ←今回
13.リスク管理計画をつくる ←次回
14. ロードマップにまとめる
15.企業戦略を事業戦略に展開する
・事業ドメインを決める
・目指す製品ポートフォリオを決める
・成長戦略を決める
・損益、要員、投資計画を精緻化する
・ロードマップ・KPIを決める
16. 財務三表計画を確定する
17. モニタリング計画をつくる
18. コミュニケーション計画をつくる
19. 長期経営計画のまとめ
Column 社員がワクワクする長期経営計画
最後に私の著書を紹介させてください。(Kindle Unlimited の対象です。)