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焼き小籠包の包容力


中華料理屋の前を歩くと鉄板の上で踊る焼き小籠包の音が聞こえる。ジュワッ、パチパチ、そしてフツフツと、皮の中に閉じ込められたスープが沸き立つ音。

同じ小麦粉と肉餡を使った点心でも、肉まんや蒸し小籠包とは違う、焼き小籠包ならではの良さがある。

底の香ばしさ。鉄板で焼かれたカリッとした皮。生地のもっちり感と絶妙なコントラストを生む。

さらに、噛んだ瞬間にあふれ出るスープ。


蒸し小籠包の繊細さとは違い、焼き小籠包は力強い。


焼かれることで生まれるコク、そして表面の香ばしい焦げの風味が、味に奥行きを与える。

焼き小籠包は、ただの食べ物ではない。


強く、たくましく、それでいて優しい。

破れぬ皮は、しっかりと旨味を抱きしめる器だ。
どんなに高温の鉄板に晒されても、中のスープを守り抜く。


私はこの焼き小籠包の包容力に憧れる。

人間も、こうありたいものだ。

外の世界がどれほど過酷でも、内側の温かさを失わない。

すぐには崩れない芯の強さを持ち、それでいて誰から求められた時には、あふれる優しさを惜しげもなく分け与える、、、そんな存在。

私が焼き小籠包を食べるとき、必ずLee Kum Keeの醤油をつける。少しの塩気とコクが、スープの甘みを際立たせる。

人生も、ほんの少しのスパイスが必要だ。


たとえば、思わぬハプニングや、心を揺さぶる出会い。
そういうものがあるからこそ、人生の味わいは深まるのだろう。

ひとくち頬張れば、口の中に広がる熱々のスープ。
油断すれば火傷するが、それもまた醍醐味。

こんなふうに生きられたらと思う。
強く、優しく、そして味わい深く。




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