
【中国語教育】ICT活用でSF小説読解に挑む
今年度の後期は、4年生の専攻中国語で、SF小説の読解に取り組んだ。
中国学科の4年生ともなると、日常生活に関する文章は辞書があれば大抵読み解けるようになる。
そのため、講読の授業では一般的な中国語力だけでは読み解けない語彙や議論の盛り込まれた作品を選びたいと思い、中国SFの旗手、劉慈欣による短編小説「鏡」の読解に取り組んだ。
(以下、作品の内容を詳しく紹介するのでネタバレが嫌いな方はご注意下さい)
「鏡」あらすじ
汚職事件を捜査していた公務員の宋誠(ソン・チョン)は、無実の罪で逮捕される。留置場に入れられた彼のもとに、白冰(バイ・ビン)というエンジニアが現れた。白冰はなぜか宋誠の経歴から、彼が逮捕されたいきさつ、はては幼少期の出来事まで、詳しく知っているのだった。
白冰が取り出したのは超弦コンピュータという究極の性能を持つ機械。超弦コンピュータを用いて、白冰が作った驚異のプログラムとは……
地方都市の汚職事件をめぐって展開されていた物語は、白冰(バイ・ビン)というエンジニアの登場により、中盤から宇宙論や情報技術をめぐる問いへと展開していく。キャラクターはわかりやすいようでいて、影で陰謀や犯罪に手を染めている人物もおり、発言を表面的に訳するだけでは意図を理解できない。単に語彙が分かるだけでなく、何度も読んで科学・技術・政治・倫理について理解を深めると意味がわかる、そうした作品である。
従来型の輪読で、こうした作品を十全に理解することは難しいと思った。これまでの授業では、学生に日本語訳を配布することはせず、学生が事前提出した訳をその場で訂正する形で授業を進めてきたが、教員と学生の1対1で授業を進めるより、より深く討論することに向いた作品である。しかし、討論には準備がなければならない。
そのため、今学期の授業では日本語の試訳を事前に提出、回覧することにした。
授業の前に学生に担当箇所を割当て、学生は前々日までにグーグルフォームから担当部分の訳文を事前提出し、教員がそれをグーグルドキュメントに並べて学生にURLを送る。


授業では、試訳と解説のスライドを印刷して配布し、今回のテキストで出てくる単語や概念を解説する。その後、グループに分かれて担当部分の日本語訳を検討し、グーグルドキュメントに修正を書き込む。また、不明な用語や概念について調べさせたり、登場人物の行動や心情などについて議論をさせることもあった。
この方法であれば、政治・技術・倫理など多岐にわたるテーマについて、関心のある学生とそうでない学生が互いに教え合うことができる。たとえば、テキストでは素粒子、超弦理論、紀律検査委員会など各分野の用語が出てくる。
従来型の輪読では、該当部分の日本語訳を担当した学生がそれに詳しいとは限らない。表面的に辞書的な意味を調べることなら学生に求めることができるが、理論や概念について全分野について知るよう求めることは現実的ではない。
登場人物の心情については、学生一人に指名するより、国語の授業のようにきちんと設問を示し、全員にきいたほうがいい。
予習・グループワーク・発表の3段階を踏めば、学生は意見を言えるようになる。今学期の授業では、一人の学生に指名したり、意見のある人に挙手させるより、多くの学生の意見を汲めたのではないかと思う。

しかし、私の授業は情報技術にべったりと依存しているのだが、情報技術の進展というのは明るい未来をもたらすのだろうか。
この作品では、白冰という情報技術のエンジニアが、全宇宙をビッグバンの時点の構造にさかのぼることで再現する「鏡像シミュレーション」を構築する。一切が明るみになる社会は、監視社会へ墜ちてゆくのではないか。白冰は結果の重大性に気づいたが、アメリカの学者が同じ方法でプログラムを構築し公表したのだ。
そして訪れれた「鏡像時代」は、逸脱の許されない社会、変化のない社会であり、道徳や技術は硬直化し、やがて資源を使い尽くして破綻する――
技術の行き着く先は、ディストピアかもしれない。
本作品は、授業開始の時点では日本語未訳だったが、昨年末に刊行された『時間移民 劉慈欣短編集Ⅱ』に収録され、日本語でも読めるようになった。情報と技術がもたらす未来を考えたい方は、ご一読されてはいかがだろうか。
翻訳底本:《中国科幻基石丛书流浪地球 刘慈欣短篇小说精选》四川科学技术出版社、2019年。