「経済学」という言葉の歴史と定義
この論文、学会に投稿しようかな~と思ってたんだけど、フォーマットを整えるのが煩雑だし、強調とか訂正とか加筆を逐一出来ないし、チェック出来る人周りにおらんしめんどくさいな~~~~と思ったので、途中放棄して草稿をnoteに投稿してダラダラ更新することにしました(現在16094字)。
まぁこういう経緯とこういう場所なんで、正確さに対する保証はないです。執筆途中の項目もあります。間違いとかは勘弁するなりコメントするなりしておいてください。
本論文の執筆にあたって整理した経済学年表のリンクも置いときます。
「経済学年表 文字の発明から『国富論』まで」
また、経済学の歴史を図示した表が以下。
では、始めます。
本稿の目的
現代にまで続く経済学の歴史において「経済を対象とする学問分野の名称」として扱われた言葉は複数存在する。それは、「οἰκονομικός」「political economy」「economics」の3つである。
「οἰκονομικός」は紀元前の古代ギリシャにおいて、「political economy」は17-18世紀のフランスにおいて、「economics」は19世紀後半のイギリスにおいて成立した言葉とされる。しかしながら、経済学史研究において、これらの言葉が成立した詳細な経緯についてはあまり詳しく研究されては来なかった。そう考える根拠として、経済学の語源に関して明らかにされていないと思われることがいくつかある。
まず第一に、古代ギリシア語の「οἰκονομία」に関して、少なくとも我が国の経済学史テキストにおいては、「oikos(家)」と「nomos(法)」の合成語であるとする、旧説に依拠した説明がなされていることが多い。この点に関して言えば、比較言語学やギリシア哲学の分野において、より正確で詳細な内容が明らかにされている。本稿では、印欧祖語における語源から「οἰκονομία」の意味、「οἰκονομικός」の思想についてを整理していく。
第二に、古代から近代にかけての経済学史研究における、時代ごとの断絶についてである。経済学の歴史を語る際には、近代経済学の成立以降に紙幅が割かれる傾向も影響して、ギリシア哲学、キリスト教思想、重商主義、重農主義などと段階的に分けて語られることが多く、それぞれの学派の間に関係性や連続性という観点を見出されることがほとんどなかったように思われる。そこで本稿では、「οἰκονομικός」の思想が後の時代の経済学に与えた影響として、アリストテレス哲学と経済学における道徳哲学・政治学との関係からその一部を明らかにしたい。
第三に、これは第二の点と関連する内容だが、「political economy」という用語の成立と普及の経緯に関してである。この言葉はアントワーヌ・ド・モンクレティアンの著書のタイトルである『Traité de l'economie politique』(Montchfetien,1615)を起源とすることが多いが、キング(1948)の説明によれば、テオドール・ド・マイエルヌ(Mayerne,1611)の著書における先例使用や、これ以前の用例を見つけられる可能性にも言及している。そもそもの疑問として、経済学を意味する用語の頭に「political(政治的な)」がついているのはどのような理由があるのか。
最後に、「economics」という言葉の成立と普及に関してである。この言葉は19世紀後半、政治的な意味合いの強い「political economy」に変わる、経済学の実情に相応しい語として導入された。提唱者はマクラウドであるとも、マーシャルであるとされることもあり、意見が分かれている。また「economics」という言葉にどのような由来があり、どのような経緯で提唱され、どのようにして普及していったのか。
本稿の目的は、それぞれの言葉の語源と成立、普及に至るまでの歴史と、時代ごとの語義の歴史、またこの3つの用語の関係性についての歴史を整理することにある。古代から現代までの歴史を順に追いながら考察する。
οἰκονομίαの語源
英語で経済を意味する「Economy」という単語は、古代ギリシャ語における「οἰκονομία」という名詞を語源とすることが知られており、これは「οἶκος」と「-νόμία/νόμος」の合成語であるとされる。「οἶκος」に関しては従来通り「住家」や「家族や一族」という両方の意味を含んだ「家」を意味する言葉である。なお、同義語として「οικία」や「δῶμα」が存在するが、「οἶκος」は「家が所有する財産」も意味することが特有であるとされる。
問題なのは、歴史的に解釈が揺れている「νομία」の部分である。旧説では「慣習、掟、法」を意味する「νόμος」が語源であると解釈され、この説は18世紀における百科全書派のジャン=ジャック・ルソーの説明にまで遡り、経済学史の分野ではエドウィン・キャナンを代表として20世紀まで継承されてきた。
しかしながら、20世紀後半からの語源学やギリシャ哲学史の知見では、印欧祖語の語根「nem-」に由来する動詞の「νέμω」から発展したものであるとされる。「νέμω」は「配分する、放牧する、世話をする」などを意味しており、これが「管理すること」を意味する接尾辞の「-νόμία/νόμος」となって、多数の合成語(*1)を形成した。「οἰκονομία」もその一部なのである。
こうした経緯を辿った「οἰκονομία」は「家政」や「家を管理運営すること」を意味した。伝統的には「女性に任される家事の管理」を意味していたが、「家が所有する領地や農地のような財産管理」に加え、「奴隷などの使用人や妻、子供などの家族の管理」をも意味するようになる。最終的に、多くの家族を抱える共同体を1つの大きな家族とみなして「都市国家の統治の原則」をも意味するようになったとされ、今日まで伝わるクセノフォンやアリストテレスの偽書に代表される、学問としての「οἰκονομικός」の思想が芽生えることになった。
οἰκονομικόςの思想
「οἰκονομικός」というギリシア語は、古くは単に「経済学」と日本語訳されることもあったが、現在では「家政学」「家政論」「家政管理論」「家政について」などと訳されており、内容的に見ても現代的な意味での「経済学」とは全く異なったものであると言える。
「οἰκονομία」について書かれたものは、古くはイオニア自然哲学において、ヘシオドスが前700年頃に書いた『仕事と日々』にまで遡ることが知られている。これは神話や格言を引用しながら、労働の大事さについて書かれた叙事詩である。『仕事と日々』は、後世の「οἰκονομικός」に関する著作においても、度々引用されている。
また「οἰκονομία」を主題とする著作は、書名として伝わっているが内容が分からないものがいくつかある。ディオゲネス・ラエルティオスは『ギリシア哲学者列伝』のなかで、そうした著作について触れている。
現存する中で、「οἰκονομικός」のタイトルを持つ最古のものは、紀元前400-300年代に、ソクラテスの弟子クセノフォンが書いたものである。この本では、ソクラテスと他の登場人物との対話形式で書かれているが、家に関することや、労働、財産をテーマとする形式は受け継がれている。
ギリシアの哲学者の中でも、近現代の経済学に対して最も強い影響を与えたのは、アリストテレスであろう。彼は『二コマコス倫理学』や『政治学』のなかで、様々な学問や知識の関係性やその位置づけに関して述べている。
アリストテレスは、学問には主従の関係が成り立っており、政治学こそが最も主導的な地位にあることを主張している。結果として言えば、この主張が17世紀において「Political Economy」という用語が確立する要因となったのではないだろうか。13世紀から始まる古代ギリシア哲学の古典が再発見とその翻訳、14~16世紀のルネサンス期における人文主義者らによる古典研究によって、『二コマコス倫理学』や『政治学』、偽書である『家政学』の主張は十分に浸透した。その後、17世紀における科学革命、つまり古典研究を離れたその時代独自の理論、学問が形成されていく時代の流れと同様の形で、「経済学」もまた成立したと考えられる。
経済学という学問が、近代における成立期から現代に至るまで、政治学や倫理学と密接な関係を持ったのも、アリストテレスの影響であろう。アリストテレスが主張した思慮の三区分である「政治学、家政論、狭義の思慮」は、それぞれ「政治学、経済学、道徳哲学」として確立したが、それらは独立したものではなく、16-7世紀の宗教戦争におけるポリティークの思想や、主権国家の成立にも影響を受けて、政治学をより主導的な学問として成立したのである。
Political Economyの源流
この章では、12世紀から始まるアリストテレス哲学の再発見と人文主義者らによる研究を概観し、17世紀初頭におけるフランスの「Political Economy」の成立に与える過程を検討しながら、当時の経済学の展開について述べていく。
前6世紀のイオニアの自然哲学、前4世紀のアテナイにおけるの黄金期、後1世紀頃のプトレマイオス王朝のアレクサンドリアにおけるヘレニズム時代に至るまで、豊かなギリシア科学・哲学の時代が続いた。しかしながらこれらの知識は、ローマ人に受け継がれたのち、フン族の西進やゲルマン人の大移動による長い戦乱の時代のなかで、次第に忘れ去られていった。
失われた知識の再建者として、キリスト教が果たした役割は大きい。ローマ人の時代においては、ギリシア哲学の一部をキリスト教思想に取り入れる形で保存し、修道院においては、一部の古典の写本作業が行われていた。395年の西ローマ帝国の滅亡後、東方正教会に異端の烙印を押されたネストリウス派と単性論者、ギリシア系学者たちは、ササン朝ペルシアに移り、ギリシア・ローマ文化を伝えることになる。シリア語やアラビア語に翻訳された古典はアラビア科学の隆盛を促し、そのアラビア科学の受容が、ヨーロッパにおけるギリシア哲学の再発見に繋がっていくことになる。
「12世紀ルネサンス」と呼ばれるように、この時代には様々なギリシア古典のラテン語への翻訳活動が活発になった。当然、アリストテレスの著作もまた、そうした活動のなかで翻訳されていく。12世紀前半におけるヴェネツィアのジャコモに始まり、13世紀における大翻訳家ムールベケのギヨームの手によって、アリストテレスのほぼ全著作をラテン語訳する事業は完了していくが、様々な哲学者によって、単なる翻訳に留まらない、趣旨を広げて語った註解書もまた普及していくことになる。
次々に翻訳されるアリストテレスの古典は、革命的な影響を与えていった。しかしながら、キリスト教神学の枠組みでアリストテレスの哲学を扱うことが難しい場合も多く、矛盾するような記述もあって、学者たちの間で大論争を引き起こすことになった。この際、一部の派閥を弁護した者を破門とする布告が出されるまでに至っている。最終的に、聖ドミニコ会士のトマス・アクィナスらによってキリスト教神学とアリストテレスの哲学を融合して体系化して「スコラ哲学」として大成させることになり、この時期、創成期であった大学というシステムのなかで、主要な学問として隆盛していく。
こうした歴史と「Political Economy」の成立に関係することで言えば、トマスは『二コマコス倫理学注解』のなかで、アリストテレスにおける道徳哲学の三部門と、政治学の上位性について触れている。特徴的だと言えるのは、『形而上学』を引用しながら学問の分類を四通りに整理し、そのうち政治学の上位性を、人間の意志による行為に関する学問(=道徳哲学)と、人間の活動における実践的な学問群に限定したことであろうか。この部分でのキリスト教神学とアリストテレス哲学の融合は、神学を宇宙全体の究極目的の考察、政治学を人間的生の究極目的の考察を行うものであると規定し、神学こそが「あらゆる意味で最も主要な学」であると述べ、キリスト教思想の優越性を保っている。
また、アリストテレスの著作のなかでも、『二コマコス倫理学』と近い内容が語られている『政治学』は、知的階級を強く惹き付けた著作の一つであるとされている。そう考えれば、13世紀の時点から、独立した学問分野としての家政学ではなく、政治学の一分野、つまり「Political Economy」が成立するための素地が、既にあったと言えるだろう。
13世紀において完了したアリストテレス著作の翻訳書及び註解書だが、14-15世紀になると写本生産が効率化されたことで、非常に多くの写本が作られることになる。『政治学』だけでなく、偽書である『家政論』に関しても、100を超える写本が残されている。同時期における大学の増加や大学図書館の併設、学生の増加、教師という職業の確立、都市の発展、書籍生産業・販売業の発展などを通じて、実際の文献に当たれる者の数を大幅に増やした。その後、15世紀中頃の活版印刷技術の発明によって、知識階級だけではなく大衆にも、アリストテレスの哲学は普及していく。
16世紀におけるフランスは、「Political Economy」の成立にとって非常に重要な時代であると言えるだろう。17世紀初頭にモンクレティアンが『Traité de l'economie politique』を著し、この用語が普及して言った以上は、そこに至るまでの要因が時代背景として存在すると考えられるからだ。
16世紀後半のフランスはユグノー戦争が起こった宗教的な混乱の時代であった。当時の人々はどのようにしてこの混乱を収め国家をまとめるかという問題に、政治的にも、軍事的にも、思想的な意味でも直面することになるが、その過程で「Politique」概念が発達することになる。「Political Economy」の成立は、こうした経緯を元に捉えるべきだろう。
Political Economyの成立
モンクレティアンによって確立した「Political Economy(*2)」という用語だが、実際の所は、長い間普及していなかったように思われる。1620-1630年代のフランスでは、ガブリエル・ノーデの『図書館創設のための提言』(1627)に代表されるように図書館学・書誌学の発展が進んだ時期であり、『Traité de l'economie politique』もまた、いくつかの書誌で取り上げられている。しかし、「economie politique」が一つの用語として言及された例は見られない。それは黎明期の重農主義者たち、例えばボワギルベールなどに関しても――「politique」という言葉が単体で登場することはあれど――同様であった。
結局の所、この言葉の普及は、百科全書派によるところが大きいかったと考えられる。「economie politique」という言葉の出現頻度は、1750年代頃から明確に増加している。これは、デイドロ、ダランベールらの『百科全書』と、執筆者であるルソーが項目を抜粋して出版した『政治経済論』の影響だろう。
Economicsの普及
「economics」という言葉自体は、それが経済学を意味する語として導入される以前からある程度の使用が確認できる。この表記が確立したのは19世紀以降であり、それ以前はギリシャ語の「οἰκονομικός」を翻字して「oeconomics」という表記が使われていた。「oeconomics」の末尾についている「-ics」は形容詞接尾辞で、「~に関する」という意味で主に科学や学問の名称に用いられており、これはギリシャ語の形容詞の中性複数形に「-ikos」を用いる古典的慣習を1500年以後に復活させたものとされる。
「oeconomics」に関しても16世紀の時点で存在が確認でき、特にクセノフォンやアリストテレスの著書とその内容に触れる際に使われていたが、当時はラテン語から翻字した「oeconomicus」の方を用いることも多く、「oeconomick」や「oeconomica」などを含め表記に揺れがあった。
1704年に出版された『Lexicon Technicum(技術百科事典)』では「oeconomicus」の方が収録されていたが、1728年に出版された後進の『サイクロペディア、または諸芸諸学の百科事典』には「oeconomics」という言葉が収録されており、これが後の版にまで続いたことを考えると、この時代には表記と意味がある程度確立され、一般に普及していたように思われる。この辞書で「oeconomics」は「道徳哲学の一部で、家族または共同体の事柄を管理する方法を説いたもの」と説明されているが、「politics」という項目でも「経済(oeconomy)または倫理学の最初の部分であり……」と書かれている。これは『ニコマコス倫理学』におけるアリストテレスの記述と合致する内容であり、18世紀のその他の辞書や百科事典に関しても類似の説明がなされている。
なお、「oeconomics」から「o」が取り去られた時期についてだが、18世紀から現在まで改版が続いているブリタニカ百科事典を調べてみると、1771年の初版の時期には「oeconomics」が収録されていたが、1842年の7版での収録後、1860年の8版で削除されている。その後1902年の10版では「economics」が記事として取り上げられており、現代まで続く表記が確立されたようだ。
経済学を指す言葉として「political economy」ではなく「economics」が使われるようになったのは、おそらく、ヘンリー・ダニング・マクラウドが1872年の『The Principles of Economical Philosophy』のなかで提案したものが最初だと思われる。
これ以降、マクラウドは以降の著書のタイトルに「economics」を使うようになる。 マクラウド自身はその激情的な文体から支持が低く、これらの主張が一般に受け入れられることは少なかったように思われるが、 少なくともジェヴォンズとマーシャルが提案に同調した。 ジェヴォンズに関して言えば、1879年の『The Theory of Political Economy』の第二版の序文のなかで マクラウドの提案に直接言及し、その利点を説明している。
マーシャルはマクラウドについて言及こそしなかったものの、メアリー・ペイリー・マーシャルとの共著である 1879年の『The Economics of Industry』のなかで、マクラウドとほぼ同一の提案を述べている。
結果としては、経済学者として一時代を築いたマーシャルが著書のタイトルに「Economics」を用いたことが、この言葉の普及に大きく寄与したように思われる。 ケインズは『人物評伝』のなかで、「1890年にマーシャルの名声は高く、 『Principles of Economics』第一巻は待ち受ける世界に送り出された。それは即座に完璧な成功をおさめた」と述べている通り、その影響力は大きかった。 これ以降、経済学を指す言葉として「Economics」を使われることが経済学者や一般の間にも増えていき、 20世紀に入ると、頻度としても「Economics」が「Political Economy」を上回るようになった。 それでもなお「Political Economy」を使う場合には、経済政策などのより政治的な領域に近い分野においてか、 スミス、リカード、マルサス、J.S.ミルなどの時代の、実際にそう書かれている書名や彼らの主張に触れる際が主となった。
Economicsの定義
こうして普及した学問の一分野としての「経済学」であるが、その定義や対象に関して言えば統一的な見解がなく、論者によって様々である。 しかし、いくつかのタイプに分けることが出来る。本稿では、歴史を遡って、経済学とはどのような学問であると考えられてきたのかについて、整理する。
ギリシア哲学の時代から現代にまで通底する経済学の定義はやはり、「富」に関するものであろう。 家政学の時代から、「財産」は重要な関心事であった。この時代には家に関するものに限定されていたが、 18世紀からの経済学の黎明期には、国家をも視野に入れたより広い範囲の経済に適用されるようになる。また、「富」というものの性質は、経済学の対象としてより意識されるようになった。象徴的なのは、J.S.ミルの定義であろう。
この定義は、ほとんどそのまま現代にも使われることがある。たとえば、クルーグマンは、経済学という学問を以下のようにまとめている。
また、政治学と道徳哲学との関係を意識したアリストテレス的な定義は影響力を持っていたように思われる。遡れば、百科全書派や重農主義者も同様の定義に従っており、18世紀においては強く意識されていた。「政治学」の一分野であり、「功利主義哲学」との関係が深い経済学の目的は 「国家・国民の豊かさを高めること」であった。この点に関して言えば、近代経済学の成立に寄与したスチュアートとスミスの定義が重要であろう。
なお、政治経済学の目的については、リストの主張も面白いだろう。スミスやケネー、セー、シスモンディを引き合いに出しながら、経済学という学問が人類全体の利益ではなく、国家の利益を語ることに終始した点を指摘している。
以上の政治学・道徳哲学における定義は、富の定義と結びついて発展した結果、「富の希少性」や「効率的な資源配分」も経済学の定義として言い含められることも多い。
また、「人間行動」に関する研究としての側面も、度々言及されてきた。早期のものは、J.S.ミルの定義である。この定義は、スミスが『国富論』において、分業や交換性向、階級社会、商業社会についてを議論の最初に置いた影響もあるだろう。
マーシャルは特に、人間行動の研究としての側面を強調している。
ロビンズの場合は、希少性・効率的資源配分と合わせて定義した。
以上の定義が、経済学という学問の対象を表す際に用いられる主要な表現である。分類するならば、以下のようになるだろう。
①富に関する学問
➁政治学・道徳哲学と関連する学問
③富の希少性・効率的資源配分の研究
④人間行動の研究
経済学の定義と貨幣
経済学の定義を分類したときに、「貨幣」というものがあくまで副次的なものとして扱われている事実も指摘できるかもしれない。スミスが「あらゆる国の豊かさは、貨幣という消費できない富にあるのではなく、その社会の労働によって年々生産される消費可能な財にある」と指摘したことに象徴されるように、本質的にはヒト・モノの部分が重要だと考えられてきた側面もあるだろう。
しかしながら、経済学研究において、「カネ」の分析が「ヒト・モノ」と同程度に重要であることは間違いないし、豊富な研究が為されてきたことも事実である。
終わりに
本稿では、「οἰκονομικός」「political economy」「economics」の3つの用語に関する起源と普及の歴史、またそれらの用語の定義を考察した。本稿を通じて、「経済学」という学問の歴史や定義に対する理解の一助となり、経済学史研究に対する新たな視点を提供できれば幸いである。
註釈
(*1) 具体例として、「αστρονομία(天文学)」や「αστυνομία(警察)」、「ισονομία(法律)」などが存在する。
(*2)経済学史において、「political economy」の訳語問題が存在する。直訳で「政治経済学」と訳すか、単に「経済学」と訳すかである。17-18世紀においては、政治学との関係から前者の方が相応しいが、19世紀に入ると現代的な「経済学」の意味合いに近く、後者が相応しくなる。 なお、「社会経済学」と訳す向き(八木,2006)もあり、これはマルクスが『経済学批判要綱』の中で経済学を「市民社会の分析」と位置づけたことに由来すると推察するが、本文で述べている歴史的な観点から、否定しておく。
引用・参考文献
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『Discours sur l’économie politique』 (Jean-Jacques Rousseau,1755) 『Economics for Beginners』 (Henry Dunning Macleod, 1878)
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『Encyclopaedia Britannica 7th edition』(Macvey Napier,1842)
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『中世哲学入門 ――存在の海をめぐる思想史』(山内志朗.2023)
『図書・図書館史図書館発展の来し方から見えてくるもの』(山本順一 監修 三浦太郎 編著,2019)
『入門 社会経済学〔第2版〕-資本主義を理解する-』 (宇仁宏幸 坂口明義 遠山弘徳 鍋島直樹, 2010)
『大学の歴史』(クリストフ・シャルル ジャック・ヴェルジェ著 , 岡山茂 ,谷口清彦 訳, 2009)
『対比列伝』(プルタルコス)
『中世の大学における書物の革新』
『中世後期の手写本制作- 15世紀におけるハーゲナウのラウバー工房 -』(小川知幸,2007)
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