貫く人
貫く人
ちょうど彼女は大舞台へ出掛ける準備を終えたところだった。
緊張で落ち着かず、窓際の壁に寄りかかり俯いて深呼吸を繰り
返していた。彼女の両手は、年季の入ったヘアブラシを握って
胸元に押し当てられていた。
窓のすぐ外のミツマタの小さく可憐な花は集まって、丸く下
を向いている。それらを上へと支える枝はちぎれにくく頑丈そ
うで、背負うべき価値ある宿命を分かっている様だった。
「そろそろ時間だよ。何してるの? 」
廊下から聞こえる声に、彼女ははっとした。我に返って胸を
しゃんと張り、髪をヘアブラシで端麗に整え始めた。この薄汚
れた部屋で、黒い髪の下に現れた厳しい冬にも透き通る肌が、
彼女を一層目立たせている。そこに浮かぶ、命を見つめる眼差
しは、彼女にとっても最も大切なものだった。
髪を整え終えると、彼女はヘアブラシを置いて遂に部屋を後
にした。
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