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【ショートショート】水やり

 新宿駅の新宿御苑口から外に出た。
「広いなあ」
 朝の冷気のなかで鈴木がため息をつく。
「明治神宮を巻き込んで代々木公園と合体したのはもうずいぶん前の話だし、当然、明治神宮外苑や赤坂離宮も飲み込んでいる。皇居に接続したという噂もある」
 と私は言った。
 新宿副都心と駅ビルの超高層化は、周囲のビル需要をすべて飲み込んでしまった。その分、新宿御苑が広がっていく。住民の高齢化によるドーナツ化現象で空いた土地がどんどん公園になり、公園と公園が合体し、それが新宿御苑と接続する仕組みだ。
「とりあえず、付近にビルの姿があまり見えないのは確かだな」
「ああ、緑しかない」
 と鈴木がうめく。
 すでに遷都が実行され、いまの首都は大宮だ。私たちは大宮からやってきた。私はライターで、鈴木は「月刊徒歩」の編集者である。「新宿御苑の現状」を記事化したくてやってきたのだが、どれだけ歩いても、壁にぶち当たらない。東京は植物のための小宇宙と化している。
 あたり一面、どこまでも芝生が続く。
 きれいに刈り揃えられた芝生であり、いつ手入れしているのか、ぜんぜんわからない。そうとう手を入れなければこんな状態は保てない。水まきも大変なはずである。
 ドローンを飛ばし、ルンバのような円形マシンの集団を見つけた。芝生の上をゆっくり移動している。犬が機械群を巧みに誘導している。まるで牧羊犬だ。
 われわれは徒歩で遭遇地点に向かって歩いた。
 牧羊犬のうしろを歩いている老人に質問した。
「なにをしているのですか」
「芝居を刈っているんじゃ」
「あなたは新宿御苑の人ですか」
「そう」老人はうなずいた。「管理人グループのひとり」
「どこに住んでいるんですか」
「あの小山の向こう」
「今度、お話を聞かせてください」
 老人はうなずいた。
 私と鈴木は小山に向かった。
「昔はあんなもの、なかったはずだ」
「登ってみよう」
 時間をかけて近づいていくにつれ、小山と見えたものは、だんだん巨大になっていった。
 もう夕方に近い。
 途中まで登ったところで、頂上あたりに大きな物体があらわれた。黒い影が長く伸びている。
 どかんと音がして、なにかが打ち上げられた。
 どかん。どかん。どかん。
「なにをしているんだろう」
 ドローンを近づけてみた。打ち上げられたものは、空中で飛散している。
「水を打ち上げているみたいだな」
「水か」
 あたりが湿り気を帯びてきた。
「水の球だ。水球が分散して、霧になって、あたりに降り注いでいるんだ」
「こんなもの、見たことがない」
「巨大なスプリンクラーだな」
 と私は言って、薄暗くなった空を見上げた。

(了)

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