
【ショートショート】取材旅行
「もうすぐ一番線に始発電車が参ります。池袋行きです」
というアナウンスを地下鉄のホームで聞いた。
なんだか黒っぽいものが目の前をゆっくりと通り過ぎていく。
「にゃお」
と鳴いて停車した。
猫電車だ。
ふさふさの毛が割れてドアが開く。
私は中に入った。
座席に座ると肉の暖かさが感じられた。
始発の車内には動物が多い。狸や犬やウサギ。ネズミもいるし、カラスもいる。
インコはつり革に留まってすまし顔をしている。
もめ事が起こる気配もなく、猫電車はのそのそと線路を進んでいった。丸ノ内線は四谷駅で地上に出る。猫電車は一瞬、線路を離れて自由に散歩したそうな素振りを見せ、車体がぐらりと揺れたが、誰かにたしなめられたようで、また地下におりていった。
私は東京駅で下車した。
トランクをがらがらとひっぱり、JRに乗り継ぐ。
東北行きの新幹線は、カバだった。
頑丈そうではあるが、走れるのだろうか。
プラットホームでお茶と弁当を買い、カバの体内に入る。
出発するとカバは速かった。連結した何頭かのカバが高速に線路を駆ける。
窓はなかったが、皮膚の薄い部分を通してすこし外の景色がみえる。田園地帯を走っているようだ。
私は鞄からぬるぬるとしたイカパソコンを取り出し、取材先の資料を開いた。今日の相手はノーベル賞を受賞したえらい先生である。遺伝子を改造し、動物をさまざまな道具として利用する技術の基礎を築いたのはこの先生だ。
少年の頃、可愛がっていた猫に死なれ、獣医の道を目指したのは有名な話で、数々のインタビューで語っている。
隣席の編集者と顔を付き合わせ、インタビューの質問項目について細目を詰めていった。われわれの媒体は科学分野専門というわけではないので、やはり先生のペット歴を聞いていくのが無難だろう。
イカパソコンをしまった私は編集者にたずねた。
「なぜ、イタチになったんです」
「なんとなく賢そうな気がしたからかなあ」
取材相手の博士は、ずっと以前にフクロウへの改造手術を受けている。
取材の場で、ただひとり人間の姿をしていた私は、なんだか申し訳ない心持ちがした。
(了)
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