
【ショートショート】開けてくれ
いきなり庭にドラム缶が出現した。
「開けてくれ開けてくれ」
と声がする。
知った声だったので蓋を開けてやると、出てきたのは友人のチャン博士である。
「やあ、こんにちは」
「こんにちは」
「ところで、これはなんだい」
「タイムマシンだよ」
チャン博士はニコニコしている。
「時間移動、空間移動に成功した」
「それはたいへんだ。いったいいつの時代から来たんだい」
「五分後の未来だ」
「たった五分?」
「ま、最初の実験だからね」
「なんでウチに来たんだい」
「とくに理由はないが、研究所の近くだったからかな」
タイムマシンは成功したらしい。
というのも、家の近くに次々とドラム缶が出現したからである。
「あれもタイムマシンなんだな?」
「たぶんね。タイムマシンの初実験を見学に来たんだろう」
「開けてくれ開けてくれ」
と声がするので、オレとチャン博士は片っ端から蓋を開けていった。
ドラム缶からあらわれた人々の衣装はさまざまだ。みんなで垣根からうちの庭を覗き込んでいる。
「ここは初時間旅行の名所になっちまったんだな」
「そういうことだね」
とチャン博士は言った。
「それ、過去のオレに言ったら大儲けできそうだな」
「言いに行くか?」
「行こう」
といった瞬間、オレは忙しく立ち働いていた。焼きそばを作り、ビールやコーラやコーヒーを時間旅行者に販売している。
「なるほど、たしかに効果はあるようだ」
「そりゃ、あるに決まってる」
チャン博士はやきそばを喰いながら言った。
たくさんのドラム缶はすーっと波が引くように消えていった。
「誰もいなくなったな」
「記念になるのはあの瞬間だけだからな」
「なんだか疲れただけの気がする」
「まあ、いいじゃないか。こうなるのは既定事実だ」
オレは子どもの頃の記憶を思い出した。
お母さんに「知らないドラム缶を開けちゃいけませんよ」と何度も注意されたのだ。
未来にはよほどつらいことが待っているのか、次々とドラム缶が出現する。
「開けてくれ開けてくれ」
とうるさいので、オレたち子どもは、ドラム缶を横倒しにして、コロコロと転がしては原っぱに捨てに行ったものだ。
ああ、忘れていた。
「昔、オレたちが捨てていたのはこれだったんだな」
「そういうことだな。私は帰って寝るよ」
チャン博士は去って行った。
オレは庭に残されたドラム缶をしばらく眺めていたが、とくに行きたい時代を思いつくことはできなかった。
(了)
ここから先は

朗読用ショートショート
平日にショートショートを1編ずつ追加していきます。無料です。ご支援いただける場合はご購読いただけると励みになります。 朗読会や音声配信サー…
この記事が参加している募集
新作旧作まとめて、毎日1編ずつ「朗読用ショートショート」マガジンに追加しています。朗読に使いたい方、どうぞよろしくお願いします。