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【ショートショート】超スクロール

 ある日、田中の頭のなかにパソコンのスクロールキーが思い浮かんだ。
「なんだこれは」
 田中は、上矢印を押してみた。あくまでもイメージとしてのタッチであるが。すると、右足が一歩前に出た。もう一度押すと左足が前に出た。
 面白いな。
 下矢印だと後ろへバック、右矢印は右へ、左矢印は左へ移動する。
 田中はしばらく考えて、上矢印と右矢印を同時に押してみた。すると、右斜め前に進んだ。
 なんの役に立つかというと、べつにこれといって使い途もないのだが、田中はしばらく脳内スクロールキーを使って移動していた。
 この未開の能力がはじめて役だったのは山登りをしたときである。もう疲れて一歩も動きたくないと思っても、脳内で上矢印キーを押すと、力強い一歩を踏み出すことができるのだった。
 次の日はたいへんな筋肉疲労に襲われたが、便利なことには違いない。
 こうして脳内スクロールを利用し続けていると、スクロールキーが進化した。横にファンクションキーがあらわれたのである。同時押しすると、上矢印はページアップ、下矢印はページダウン、左矢印はホーム、右矢印はエンドの機能に変化した。
 家から駅まで五分くらいかかっていたのが、ページアップを使うと、三歩くらいで到着してしまう。あっと言う間だ。ホーム機能はもっとすごい。会社を思い浮かべると、ホームキーを押すだけで、到着してしまうのだ。帰宅はエンドキー一発で済む。
 こうして田中は、移動魔術を獲得してしまったのだ。
 この能力は、どのくらい有効なのであろうか。試してみようと思い立ち、田中は地図上で日本、ニューヨーク間を眺めた。そして、脳内のホームキーを押すと、次の瞬間、田中はニューヨークの街中に立っていたのである。
 これはすごい!
 と感嘆した田中は、空を見上げた。
 大きな月が目についた。
 調子に乗ってホームキーを押してしまったが、いうまでもなく、そこには空気が存在していなかったのである。

(了)

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