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【ショートショート】路上ライブ

 仕事終わりの田中は満員電車から降り、駅の改札を出た。繁華街ですこし飲んで帰るつもりだった。
 ふと横を見ると、人が集まりかけている。路上ライブだ。
 駅前のちょっとした空間にアンプを置き、二人組のユニットが歌とギターで演奏を始めた。
 人の耳をひきつける情緒的な声。
 よく響くギターの音色。
 人々は立ち止まって耳を傾ける。
 いつの間にか、パイプ椅子が集まってきた。
 パイプ椅子のやってくる路上ライブに間違いはない。
 田中は椅子に腰かけた。
 前列の人たちの多くがパイプ椅子に腰かけ、ゲリラライブを聴いた。
 二曲歌い終わり、ボーカル担当のほうがトークを始めた。
「ぼくら、サーキットと言います。よろしく。いま歌った二曲は、「光」と「権現」でした」
 聴いていた人々がざわっとする。
「ごんげんってなに?」
「仏教用語だろ」
「なんか渋いね」
「続いて、「アルコール」と「酢豚」を歌います」
 二曲が終わり、人々はギターケースに投げ銭した。思わず投げ銭するくらいには心を打つ歌だったのである。
 田中は投げ銭をして、パイプ椅子の横にちょこんとぶら下げてある袋にも十円玉を放り込んだ。
 サーキットのふたりは慣れているのか、さっと撤収作業を行い、集まった人々もパイプ椅子もどこかへ消えていった。
 パイプ椅子は折り畳むと一枚の板になるので、どこにでも潜むことができる。たとえば、ビルとビルの隙間とか。
 そうして、なにか人々か集まる場所ができるとやってくる。
 パイプ椅子の多くはレンタル業者に所属しているが、繁華街には今日のようなフリーの流し椅子も多い。かれらの目と耳は肥えている。
 頼みもしないのにパイプ椅子が集まってくるようになればたいしたものだ。
 サーキットもいずれは武道館を満員にするようなアーティストに成長するに違いない。
 いいものを聴いたと思い、田中も夜の闇に消えていった。

(了)

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